ざわざわした街中より海のあぶくに沈む方が好きだと彼女は言った。

「…ハッ、ハッ」

海の中は静かでしょう。誰にも見られないでしょう。

「ハァ、ハッ…」

人の目を気にしなくていいでしょう。暗いでしょう。

「……ッ」

わたしは、そういう海のひとがらにほれたの。






「名前!」

遠くの岩場にしゃがみ込む名前を見つけた。そろそろ満潮で海が動き出す。あの場所は、満潮になると岩場が水の下に隠れてしまう。とにかく危険だ。震える足を懸命に動かして、彼女の元へ辿り着いた。

「よくここが分かったね」
「……当たり前だ、名前はここが好きだろう」
「うん、まあね」

何をするわけでもなく、ただそこに居たらしい。指先は暇を弄んでいた。「ほら、行くぞ」彼女の力無い腕を掴んで立たせようとすると、微力で抵抗の意志を見せられた。腕は少し砂がついて濡れている。

「わたし、言ったよね。前に」
「…何をだ」
「やだ、忘れちゃったの?マークなら覚えてると思ったんだけどな」

知っている。彼女が海を愛していることなどとうに。自然を愛するというよりは、一人の人間を愛するように、海に恋い焦がれていることを。まるで御伽噺の人魚のよう、泡になることを望んで誰をなくしてしまうつもりなのだろう。

「わたし、海が好き。他の何より、海と一体になりたい」

かもめが二、三羽、波線を作ってまだ落ちる様子のない太陽の方へ飛んでいく。あのかもめたちは何処へ向かっているのか。

「海と一体になって、たくさんの命をうみ出したいの」

彼女の脳の構造は基からオレと違うのだ。オレの見ている世界など、彼女にしてみたら極々小さなものだ。同じ空気を吸って、同じ景色を見て生きているのに、どうしてこうも変わってしまったのか。


























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