※想像故捏造






「もっとさあ、名前はオレに甘えればいいと思うよ」

街中で言われたその言葉。呆けた顔で彼を見た。彼は空を擦る手を弄んでいる。私は険しい顔つきで彼に目を向けた。彼はたまによく分からないことを言ってくるので困り者だ。今のこれだって、何の前振りもなしに言われたのであって、私に用意された答えがあるわけでもない。しかし今の発言はただの独り言にも意味が取れる。黙ったままでいると、彼はショーウインドーの前で歩行を止めた。

「甘えて甘えて、それで最終的には」

こんなの着るとかね。彼の悪戯に笑った表情に私も頬が緩んだ。「まだまだ先の話だけど」そう。小さく同意を示す。彼は私に手繋ぎを求めた。彼は手を触れあわせることが好きみたいだ。デート中必ず一回は私の手を強引にさらっていく。あったかい誘拐犯にぴったり身を寄せて冬を過ごしたことは過去に二回。今年も、これからやってくる寒い季節に彼をつかうようになりそうだ。

「今日はたくさん甘えてよ。それでオレに好きって言って」
「ロココは甘えん坊だね」

む、と膨らんだ彼の口元を指でいじってやると、彼は手を繋いだまま大股に歩き出した。パンプスが脱げそうになりながらも、彼に歩幅を合わせる。ずんずんと秋晴れした空を過ぎて、とある店の前で漸く動きを止めた。息が少し乱れて、彼をひとりでに睨むが全く気づいていない。見て、と腕を伸ばされ、その方向を見やると色とりどりのケーキ。「わあ、」声を洩らして余りあるサンプルケーキを食い入るように眺めていたら、彼は喉の奥で静閑な音を立てて笑った。






甘える、






私は彼の手を引く。秋っぽい装飾の店内は、落ち着いた雰囲気の中私をやんわりと迎えてくれた。似つかわしくない声がそこに響く。ここ、前に気に入った店だって紹介してくれたよね。何とも気の抜けた声、彼は確信犯故にだ。私はモンブランを、彼はラ・フランスのコンポートを頼んだ。意外に彼は甘党で、なんとそれにミルクティーをつけた。私はストレート、ケーキが運ばれてきた時の彼の表情といったら。彼はフォークでラ・フランスを口に入れた。それを包む透明な膜が非常にゆるゆると甘そうに見える。そうして彼は生地にも手をつけた。私は、てっぺんについたマロンを皿の上に落とし、上のクリームをフォークにそろりと乗せ口に運ぶ。鈍な甘さが舌を伝い、脳を柔らかく刺激した。

「美味しいね」
「うん」

会話は生まれず、ただ黙々とケーキを食すだけの時間が溢れず楽しかった。会話はなくていい、この雰囲気がお互い大切にしたい時間なのだ。やがてフォークを置いた彼が、ミルクティーにゆったり口をつけて私のモンブランを視察していた。私のストレートティーは熱を失いつつある。彼のミルクティーもぬるいはずだ。ケーキを食べ終えて、私は冷めたストレートティーを喉に通した。彼は窓の外を見ている。全て味わった私たちは店を出て、近くの雑貨屋に寄り物色して回った。外で売っているココアを買い、噴水の縁に腰を下ろす。彼は二、三口飲み一息つく。そのゆるく絆された唇から、秋の安寧の息が落ちた。「そろそろさ、両親に紹介しようと思うんだ。名前をね」

ココアは暖かい色をしていた。






シュガー
吐露をとろとろに、

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