正直泣きたかった。マークのせっかくの親切を無碍にしたこと、マークに想いを伝えられなかったこと、そして、こんなにマークが好きなのに自分は臆病なこと、それら全部がマイナスとなって私に降りかかった。家に帰って母に抱きついた、何を言うこともなくわんわん泣いて、つらいと言葉を繰り返した。母は私を詮索せず、優しい手で頭を撫でてくれて、少しだけ安心出来た。好きになるんじゃなかったとは思わない。ただ、片想いするんじゃなかったと、その時の私は至極つまらないことを考えていた。

次の日、少しだけ目が腫れてしまった私は、母に電話してもらって学校を遅刻して行くことにした。目頭にひんやりと当てられる氷嚢が気持ちいい。母は掃除をしながら私の話をきいてくれた。マークに悪いことしちゃったかな、言えば母は笑った。だいじょうぶ。母の癖は目尻に人差し指をあてて笑うことだった。私が安心する癖。それから程なくして、私はリュックを持ち家を出た。日は既に高く昇り、そのおかげで私の心はきらきらと晴れてくれた。






学校はちょうど休み時間だった。教室に入ると、移動で忙しなかったクラスメートが私を見て、笑顔の女の子たちが駆け寄ってきた。体調不良と言って遅刻の理由を免れ、次の授業をきいた時、目の端にディランが映った。が、ディランは私を見ていなかったので、マークと一緒に教室を出てしまった。私はリュックを背負ったまま女の子たちと移動する。すると、移動した先の教室でディランが私の肩を叩き挨拶に来た。そこで驚きの一言をもらう。

「マークから昨日の夜電話があったんだ」

「えっ」マークは席について、前に座る男の子と会話している。ディランは教室の隅で声を潜めた。

「名前のことについてね。昨日の夜会ったんだって?」

「あ、う」声にならない声が洩れた。ディランは何でも見透かしたような態度で私を見、人差し指を突き立てた。名前にいいことを教えてあげるよ。この時ディランに感謝したのかしてないのかはよく覚えていない、何故なら驚きの方が強かったからだ。「今日三人で帰る約束したけど、ミーは居残りすることになったから」

だから、その時がチャンスだよ。ディランの瞳の奥に遊び心がちらついた、気がした。






手に汗かくとはこのことだ。普段通りにサッカーの練習を終えたマークが、普段通りに私の隣に並んで一緒に帰り道を歩いている。今日はそれがすごく特殊なことに思えて、体の節々が固くなった。動け、なめらかに動け私の足。体よ。怪しまれたらおしまいなのだ。

「近いんだ」

マークの言ったことがどういう意味なのか分からなくて間抜けに訊き返してみれば、マークは笑って教えてくれた。ああ、世界各国のサッカープレイヤーと戦うあの大きな祭典のことか。エフ、なんとか。残念ながらよくは知らない。そんな私を知って、マークは朗らかに笑った。

「ごめん」
「謝ることはない、名前はオレ達のサッカーに興味はあっても、世界には興味無さそうだからな」

何それ!食いつくように言い返すとけらけら笑って、冗談だ、と笑顔を向けた。マークが冗談でも、それは事実だから私は何も言い返せない。マークがひとしきり笑い終えると、静かに沈黙が訪れた。あ、もしかして今がチャンス…?ここは騒がしい音のしない道路、人気も今は無い、絶対的なチャンスが到来した。ついに覚悟しなければいけない時がやって来た。深呼吸もままならず、私は意図せずに声を張り上げた。

「マーク、話が…あるの」
「話?」

マークは足を止めた。自転車のブレーキを握り、私を見る。私はマークと視線をぶつけた。ついにだ。本当についにだ。とうとうこの瞬間がやって来たのだ。私は言わねばならないのだ。落ち着け、ふられてもいい覚悟はしてきた。

「その、あの」

顔の真ん中に熱が集まる。マークから視線を外せずにいた。いけ、自分。

「マークが好き」

マークは、えっと声を出して私から目を反らした。ああ、言った。私は言ってしまった。もう後戻りは出来ないのだ。進むしか、マークから返事を聞くしか、残された道はそれしかないのだ。マークは表情を宙に泳がせて、それからゆったりと私を見つめた。マークの顔が赤い。きっと私の顔の色が反射しているからだろう(そんなわけないのに、私はそう思いたいのだ)。「オレは」言葉を紡いだマークの表情はシリアスすぎて、逆にその場に似つかわしくなかった。もっと柔らかい表情で構わないのに。普通の顔してる私が馬鹿みたいだ。

「オレも、名前が好きだ」

「…嘘でしょ?」父親譲りの猜疑心でマークに問えば、頼んでいないのに私を好きになった経路を話し出した。私みたいに一目惚れはしなかったものの、段々私が気になるようになったらしく、ディランに、「それは恋だ」と言われてやっと理解したのだとか。そしてマークも、この帰り道に告白を切り出そうとしていたようで、私から言われて困惑した顔色が隠せないらしいのだ。こんな夢事、あっていいのか。そもそもこれは現実?「オレは本気だぞ」マークの目の色からして夢ではなさそうだ。

「…私達両想いだね」
「そうだな、嬉しいよ」

マークは私の手をそっと握って、「帰ろう」と穏やかに言った。そんな雰囲気だからか、私の心臓はいやに大人しくて、代わりに、マークと繋いだ手が熱かった。マークは笑う、私もマークに笑顔を向けて、そっと影を重ねた。






マンボウの恋は海へ行く

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