怒るエドガー






誘われなかったパーティーで、エドガーがイナズマジャパンのマネージャーと仲良くしていたという情報が入った。それを教えてくれたのはフィリップ、私に遠慮がちに、申し訳なさそうに言ってきたが、彼が恐縮に思う必要はないし、私自身そんな気にしていなかった。フィリップには悪いけど、エドガーへの伝言を頼まれて欲しい。

「え、ええ?名前、それ本当?」
「うん、本当。嘘言ってどうするの」
「いや、分かったよ…。言ってくる」

監督と真剣な話をしている彼の横顔はかっこいいけど、今はその場を離れなければならない。ちらちらと私を見てくるフィリップは、エドガーに話しかけるタイミングと、私の顔色をうかがっている。気を揉む役をやらせちゃってごめんね、胸の中で手を合わせ謝ると、エドガー!と彼に駆け寄ったフィリップの声をきいて練習場をあとにした。腕時計を見るとちょっと待ち合わせ時間に間に合わないことに気づき、小走りでバス停へと向かう。ドアが閉まる寸前に乗り込んだバスは、ただ一つの目的地を電光掲示板に表していた。






走ったせいで喉が渇いた、と言うと彼は「じゃあ喫茶店行こう」と私の手を取り笑顔で促した。されるがままついていくと、少しおしゃれな外観の喫茶店が目の前に現れた。

「ここ、コーヒー屋じゃない。私コーヒー飲めないんだけど」
「大丈夫だよ、ジュースもあるし軽い食事もあるから」

財布を出した手を押し戻され、彼はランチセットと私のオレンジジュースを注文した。何気なくお金を払った彼の横顔をぼうっと見ていると、それに気づいた彼がウインクして、「みとれた?」と自惚れを言った。「いや全然」「ひどいね」「エドガーの方がかっこいいから」

席について、彼はトレイから私のオレンジジュースを手に取った。はい、と渡され、お礼を言って受け取る寸前、彼はその手を引っ込めてストローに口を付けた。呆気に取られる私に、彼は目を外さずストローから口を離すと、口元を綻ばせて美味しいと一言洩らす。その声は実に愉しそうだった。

「何で先に飲むのよ」
「いや、色がすごく美味しそうだったから」

じゃあオレのも飲む?と彼のレモンティーを差し出され、私はそれを受け取って一口吸い上げた。すっきりした甘さが私の渇いた喉を潤す。美味しい、と彼と同じ言葉を言えば、彼がここを気に入ってることを教えてくれた。
さて自分のを飲もうとすると、間接キスというワードが頭の中を渦巻く。彼はレモンティーには口を付けずにサンドウィッチを食べ始めている。別段気にしている様子は無い。そんなに気にすることではないみたいだ。彼が気にする素振りをみせないので、私も気にしないことにして、グラスを持ち上げた。
ガラガラン、耳につく大きな音がして、店に誰かが入って来たのを背中越しに知った。その気配はこちらに近づいてくる。え?近づいて…。

「何してるんですか?」

右手を掴まれ上に持ち上げられた。必然的に立ち上がってしまい、左手に持っていたグラスをテーブルに置く。右手に持っていたら、今頃店員さんに迷惑なことになっていた。私の前に座る彼が驚いて目を見開く。あと二口くらいのサンドウィッチを片手に持つ彼に、エドガーは苛立った口調で挨拶をした。

「貴方に会えるとは光栄ですね。フィディオ・アルデナ」
「こんにちは、エドガー・バルチナス」

エドガーは挨拶だけすると、私の腕を引き寄せ私の頭を自分の胸にくっつけた。フィディオはにこにこ笑っていて、二人の間の気温が生ぬるい。エドガーがあまりにも冷たすぎて、フィディオの暖かな空気を冷やしているのだ。

「フィリップの言うことに驚きましたよ。何故こんな奴と約束なんてしたんです」
「こんな奴だなんて酷いなぁ。彼女から誘ってくれたのに」

エドガーが目を丸くして私を見た。信じられない、彼の目はそう訴えている。私は溜め息混じりにぼやく。「エドガーには関係ない」

空気が悪い。周りの客も、私たちの険悪な雰囲気にたじろいでいるようだ。エドガーの服を少し引っ張る。フィディオには申し訳ないけど、今日のところは帰らせてもらおう。

「フィディオ、ごめん。今日は帰るね」
「いいよいいよ、謝らないで」
「おごってくれてありがとう。オレンジジュース、一回も口つけてないけど。でもフィディオのレモンティー美味しかったよ」

「ジュース代です」大きな音を立ててテーブルにお金を置いたのはエドガーだった。「おつりはいらないですから」ものすごく怒っていることがその態度から分かる。怒りの矛先は、私でもありフィディオでもある。半ば突き付ける形でフィディオにお金を渡すと、黙ったままエドガーは私を喫茶店の外へ連れ出した。振り返り、フィディオに口ぱくでごめんと再度謝ると、フィディオは手をひらひらと振った。
私たちが出て行ったあと、フィディオはエドガーの置いていったお金を手に取り、それからレモンティーに視線を移した。

「困ったな、レモンティー飲めないや」






「エドガー、ねえエドガー!」

手を引っ張ったまま、私の前を口を噤んで歩くエドガーの名前を呼んでも、彼は反応しない。私は足に力を入れ踏みとどまってみる。するとエドガーも止まった。そこはやはり紳士なのか。しかし私を顧みない。

「エドガー、きいて」
「何もきくつもりはありません」
「ねえ」
「どうせあの男と密会する約束だったのでしょう」
「だからそういう勘違いするからきいてって言ってるの!」

強く出た私に吃驚したのか、喫茶店を出て一度も私を見なかったエドガーが振り向いた。その顔は怪訝さが滲み出ている。はあ、とわざと息をついてエドガーと目を合わせた。

「フィディオが一度私と色んな話がしたいって言ったから私から誘ったの」
「…っだからそれが」
「何で私から誘ったか分かる?」

エドガーには何も言わせない。あなたには今、私の質問に答えてもらうだけよ。珍しく強気な私に怯んでいるのが、いつもの余裕が無い表情から分かる。

「……分かりません」
「私はエドガーが好きだから。だからフィディオと会ったって、フィディオに惚れるわけがないのよ」

どんな自信だよ、とフィリップには困った顔をされるだろう。他の仲間にだって馬鹿にされるだろう。でもそういう信念でフィディオに会ったのだから、何も間違ったことは言っていない。エドガーは固まってしまった。口を僅かに開閉させて私を見るばかり。

「…ま、エドガーが信じてくれなければ意味ないけどね」

半分諦めの気持ちで呟く。もう独り言の域だ。未だ反応しないエドガーの手を払って、一人歩き出した。直後、背中に何か当たる。何かなど後ろを見ずとも分かる。「…エドガー」

前に手が回ってくる。ちょっとだけ周りの視線が痛い。が、ここはまだイタリアエリア。微笑ましい視線も感じる。私の二百メートル前ではキスしてるカップルがいる。

「謝ります。すみませんでした」

私の髪の毛に唇を押し付けるものだから、唇が動くのを感じるし、声が脳に直接響くようで気恥ずかしい。仲間の前じゃなくて本当に良かった。エドガーは髪に唇を押し付けたまま言葉を続ける。

「つまらない嫉妬で貴女のことが見えなくなっていました。恋人なんだから、もっと相手を信用するべきですね。貴女に言われて気づきました」

「分かってくれただけでいいよ」本心からそう言ったのに、「いいえ。それでは私の気が収まりません」と返されてしまった。離してと言い腕に手をかければ、嫌ですと頑固に力を入れられた。

「紳士はそんなことしないよ。レディファーストでしょ」
「今だけは紳士抜きで、貴女の男ということでお願いします」
「……もう…」






ひとひらで停止






「…キスしてさしあげましょうか」
「いい。人前でやめて」

むっとするエドガーに宥めるように言ってあげた、「帰ってからね」
落ち着いた笑みで「早く帰りましょうか」と、私の指を自分の指に絡めてバス停へと歩き出したエドガーに、繋いだ手から好きだと言ったけど、果たして伝わったかな。

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