「ミー協力する!名前とマークがラブラブになるように、恋人になれるように!」

一方的に協力を約束してきたディランは、口が軽そうに見えてそうではなかった。演技や言い回し、特に話術が他より秀でていて、そのおかげで私はマークと会話する機会が増えた。心臓もたないから、といった私からのお願いで、マークと二人にされることはなかったが、心なしかディランが協力してから、マークがよく話しかけてくるようになったと思う。そんなある日のことだ。

「ディランが、名前を好きなんじゃないかって」
「ぶっ!っげほ、げほっ…!」
「名前!?」
「しっかりして!」

放課後に、クラスの仲の良い女の子たち三人と私とで、カフェテリアに入ることになった。そこで、友達の一人がとある噂を切り出したのだ。それが今の話。私は飲食中に人の話を聞いてはいけないようだ。何だか、脳内がパニックになる。そして汚いことになる。

「…その噂、どこから?」
「どこからもなにも、噂よ?分かりっこないわ」

噂は大変厄介だ。噂の本質が、悪意と善意どちらから出来たものか全く分からない。後者であって欲しいが、ディランは人気者だ。悪意である可能性は拭えない。それ以前にディランは情報屋、もうこの噂を耳にしているんじゃないか。不安に眉を下げると、友達は明るく笑いながら言った。

「気にしなくていいわよ。ディランが何とかするわ、きっとね」

そうであって欲しいと切に願う。






次の日ディランは私の元に来ると何故か謝った。一緒にいたマークと目を合わせ、お互い肩をすくめる。でもマークには謝罪の理由が分かっているようだった。

「ミー、情報屋の名にかけてこの噂を明日までには鎮静してみせる!だから今日は迷惑かけるよ、名前」
「ディランのせいじゃないし、そこまでしなくても…」

しょげるディランに、マークがディランの肩に手を置き、私は言い宥めをする。ちょっと変な光景だが、噂のおかげで周りには理解してもらえるだろう。ディランの顔がなかなか前を向かない。ずっと下を向いたままで、どれだけ私に申し訳なく思ってるか分かるけど、彼が私に謝るというのも筋違いというものだ。別にディランが噂を流したわけじゃないのに、ああ何だか考えるだけ面倒くさい。考えるのをやめた人間は、知能を失ったただの獣になるというが、果たしてそうだろうか。

「気にしないで、ディラン。噂は自然におさまっていくのを待つしかないよ」
「そうだディラン、名前の言う通りだ」
「でもおさまるの待ってたら名前とマークがいつまでも恋…」

「あっ!」ぴしり、とその場の空気を一気に氷点下へと下げたディランが口を手で覆うのと同時、私の額に冷や汗が浮かび、心臓は冷水を浴びたかのように冷たくなった。血の気が引くとはこういうことだ。マークが固まる私達を見て困惑の表情を見せる。「どうした?二人共」

「べ、別に何でもないよ!」
「オレと名前が恋、なんだ?」
「わーわー!!いいから、ねっディラン!」
「そうそう!何でもないから!」

ディランと私の顔は、全く正反対の色をしている。私が赤いのに対し、ディランは真っ青で、マークには見えない角度で手を合わせて謝ってくる。すごく居づらい雰囲気が漂う。マークも、作り笑いをしながら私達の顔色をうかがっている。ど、どうしたらいいんだこの空気。ディランに目配せをすれば、ディランは小さく頷いていつもの調子でマークの肩を叩いた。

「まあまあ!今日も練習頑張ろうね、マーク!」
「ああ、試合も近いしな」

ディランと私、ほっと息をつく。なんでここで口滑らせるかなあ。私はこの時、ディランのこの行為が仕組まれたものだと知らない。






チーム内での練習試合は、今までのとまるきり空気が違った。そろそろ試合も近いし、心持ちを変えたら顔つきが変わるのはよくあることだ。しかしあのディランでさえも、口を横一線に結んで真面目である。世界へ行くチームであることを、ディランの顔を見て実感した。

「ディラン!」
「オーケー、マーク!」

二人共息ぴったりだ。マークが中盤を固め、ディランが点を取る。二人がいれば、世界一も…。

ガツ、そんな音が聞こえてきそうな激しいスライディングだった。

「マーク!」

マークがスライディングをかわせず、地面に伏せる。ディランが駆け寄り、マークの体を起こして私の方へやって来た。膝に血が滲んでいる。

「名前、マークの怪我の手当てをしてくれ」
「うん、分かった。マーク、歩ける?」
「あ、あぁ。大丈夫だ。ごめんな、ディラン」
「いいって!じゃあミーは試合に戻るよ」

試合が再開する傍ら、私はベンチに置いてあった救急箱を開け、消毒液と絆創膏を取り出す。消毒液をコットンに染み込ませ、ピンセットでそれを挟んで膝に優しく押し当てる。マークは一瞬体を引いたが、痛みに耐えて膝を見つめる。絆創膏を貼ろうと思ったが、傷が広範囲で覆い切れない。

「包帯でいい?」
「悪いな」

ガーゼで傷口を保護して包帯を巻く。マークが私を見下ろしている。緊張で少し手が震えた。

「はい、出来たよ」
「ありがとう」
「今日はもう休んだら?」
「いや、試合が近いから、出来るだけやるよ」

意外と軽々しく立ったマークに驚く。走り出しかけたマーク、「マーク!」私は彼を呼び止めた。

「何だ?」
「あ、えっと、が、頑張ってね。無理しないでね」
「あぁ、ありがとう」

マークが笑って、フィールドに戻っていった。笑ってくれた。ありがとうと言ってくれた。頬が熱いのを放置して、マークの背中を私は笑顔で見つめ続けた。伝えられたらいいのに。好きだって。自分の臆病さもここまで来ると病気かもしれない。恋とはこんなに苦しいものなのか。

(…好きだよ、マーク)

心の中で呟く、マークはこちらを振り向いてはくれなかった。

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