ドラマや映画だけの話だと思っていた。現実にそんなことは有り得ないし、私がそんなことになるとは露程にも思っていなかった。 一目惚れをした。 自分をマーク・クルーガーと紹介した男の子に、一瞬で心を持っていかれた。逆に、恋に落ちないなど有り得ない話であった。ふわりと跳ねた金髪、海のように透き通る青い瞳、そして、飛んできたボールから守ってくれた。私に振り返った時の薄く笑った顔に赤面しなかった自分を褒めちぎってあげたい。 呼び捨てで構わないと言うのでマークと呼べるようになった。向こうも、名前と呼んでいいか?と訊くので、必死に首を縦に振ると、振りすぎ、と笑われた。恥ずかしさと嬉しさでいっぱいだった私の、家に向かう足取りは羽が生えたように軽かった。マーク、と帰りながら何度も小さく呟いて、ほっこり心が温かくなった。あぁ、早く明日にならないかな。学校が待ち遠しい。夜がじれったい。 翌日、私は友達にさり気なくマークのことをきいてみた。でも怪しまれないよう、ディランのことも兼ねて。別にディランを利用しているわけではないが、マークの情報の引き合いに彼を出しているみたいで申し訳ない気持ちになる。 「マーク?彼はね、初めストリートバスケをしていたのよ」 「でも、クラスが変わってディランがマークをサッカーに誘ったの」 「それから彼はバスケを止めてサッカー一筋ね」 驚いた。初めはバスケをやっていたなんて。スポーツではサッカーしか印象にない私には些か衝撃的だ。ディランは昔からサッカーだけだったという。「昔からあのアイマスクしてたの?」「あぁ、そうよ。昔はたまに外してたけど、今は全くね」「へぇ〜」「ディランもかっこいいのよ」 「何何〜?今ミーの話してたでしょ?」 肩にがばっと腕が回され、会話にディランが入ってきた。チュース、と指を私の頬に押し付ける。悪気が無いことが、触れた指先から伝わってくる。それから彼は、「へーい!!」と陽気に声を上げ、女の子たちと次々にハイタッチをしていく。何だかいつもより数倍テンションが高い。ついていけず呆然としていると、肩に手が置かれた。 「今日あいつテンション高いんだ」 マーク!しゃっくりが出そうな勢いで息が肺に引っ込む。昨日よりも近い距離。懸命に舌を動かし、平然を装った。 「何か、あったの?」 「行きつけの店でコーラをサービスしてもらったんだ。ディランはコーラが大好きでさ」 「そうなんだ…。マークの好きな飲み物は?」 すごく自然にきいてしまった。心拍数はもう限界だというのにこれ以上自分の命を削る真似をして、私は一体何がしたいのだ。昨日母に、私のチキンっぷりは父譲りだと言われたのを思い出した。しかし、今のはよくやった自分。 「オレはファンタが好きだ。名前は?」 「えっ、わ、私はサイダー…かな」 「名前!今日みんなでランチ食べない?マークも!」 「えっ」 「オレはいいぞ」 「あっ、うん!私もいいよ!」 「決まり!」 何だか急に外の喧騒が入ってきたみたいで、ディランの声にすごく驚いた。マークには気付かれなかったようだ。 今日もユニコーンの練習を見に行った。マークがフィールドの中央にいるのが一瞬で分かる。ディランがボールを持って攻め上がり、後ろでマークが仲間に指示をして体勢を立て直している。ボールはディランの足を離れてゴールに入った。 「…あ、名前!今日も来てくれたの?」 ディランが、芝生に座り込む私に気づき、声をかける。 「うん、サッカー見てると楽しくて」 そう返すと、ディランがマークと短い会話をして私のところへ走ってきた。え、まさか一緒にやろうとか言わないよね?不安げにディランを見上げる。 「ユニコーンのマネージャーやらない?」 呆けた。サッカーに誘われるのかと思いきや、マネージャーになって欲しいと暗に意味する言葉が私の耳に入り、ディランの声をゆっくり咀嚼した。いつの間にか、フィールドにいる人も動きを止めみんなしてこちらを見つめている。マークもこっちを見ていて、危うく視線がかち合いそうだった。 「実はちょっと前から名前をマネージャーにしたいって声が出てたんだ。どうだい?」 ユニコーンのマネージャーになれば、マークと一緒にいられる時間が増える。クラスでのマークだけじゃなく、サッカーをするマークの姿が、今よりもっと間近で見られるようになる。ディランは首を傾けて、どう?ときいてくる。喉は渇いて、心拍数は滝登り、目の前がちかちかと瞬く。マークと目が合った。 ちょっとした噂になった。朝クラスに入る前に何度囁かれ注目を浴びたか、数えるのは骨の折れる作業だ。でもクラスに入ったら入ったで、クラスメートが私の元にどっと押し寄せ、私を中心とした大きな塊をつくった。転校初日のように、みんなそれぞれに私に質問してくるが、聞いていると大概言いたいことは一つのようだった。 「ねえ、名前!」 「友達からきいたんだけどさ」 「ディランからきいたよ!」 発信源はディランだろう、彼なら周りにすぐ布教することが可能だ。情報が集まりやすいだけに、情報を言い触らすのも容易い。どんな顔で、どんな声音で、どんなテンションで友達に洩らしたのかも想像しやすい。 「なんでマネージャー断ったの!?」 |