一枚上手なジャンルカ






オレは街中を走る。歩いている人の間を上手くすり抜けて、女の子の横を走り去る時は、風をつくって髪をさわさわとなびかせてしまうので、悪い!と言い捨ててひたすら走る走る。フィディオには怒られるに違いない。女の子にはもっと気を使って、とオレをたしなめる声が頭の中で響く。耳に蛸が出来る、そのセリフ。いつも適当に聞き流していたが、今は言える。

悪いフィディオ。オレが大切にしたいと思う女は、世界にたった一人だけだ。






挨拶もそこそこに、木造の階段を上がりドアを開けると、窓からオレを見ていたであろう開いた瞬間に飛びついてくる彼女を、手を広げ正面から受け止め抱きしめた。

「名前、待たせた」
「ううん、さっきまで読書していたから寂しくなかったよ」

行こう、と彼女の手を引き外へ出たオレ達はバスに乗り込んだ。バスは空いていた。オレは彼女を座席に座らせ前に立つ。彼女の頭に、白い花をモチーフにした髪留めが止まっていることに気づく。よく見てみれば、それはこの前オレがプレゼントしたものだった。

「名前、似合ってるよ。かわいい」
「…ありがとう」

恥ずかしくて顔を下に向ける彼女がどうにも愛おしくて、口元やら瞳やらに零れた笑みを見せないように、手で顔を覆った。
目的地は大きな花畑だった。以前彼女が行きたいと洩らしたのをオレは忘れずに覚えていて、二週間前から計画を練って練って今日ついに行動に移した。この計画でマセラッティには彼女バカと言われた。オレはエムじゃない、でもその時は彼の言葉が嬉しかった。単なるバカじゃない、彼女バカだ。最高の称号だ。彼女はジャンルカバカになればいい。

「花のいい匂いがする…本当素敵」
「行こう」

彼女の手を自分の指と絡めれば、彼女は力を込めた。オレも強く、吸いつくように指を密着させた。
オレと君は相思相愛なのか。訊くまでもない。お互いに大好きすぎるから、こうやって目を合わせただけで熱いキスを交わすのだ。もうオレ達は、言葉では足りないくらい愛し合っている。お互いがお互いのいない世界など考えられない。愛がオレ達を表すんじゃないか、時々本気で思うことがある。バカげている。

「なあ、名前」
「うん?」

花畑から見える夕日は美しすぎた。黄色い花も紫色の花も全部オレンジ色に染まる。オレも彼女も夕日の色になる。花で冠を作る彼女は一旦オレを見、優しく笑うと再度視線を冠へと落とした。さっきまで色とりどりだった冠は一色しか視認出来ない。

「オレのことどのくらい好き?」

素朴な疑問だった。こんなに好き合うと、ふとたまに初心に返りたくなる。初めから愛を囁いていたような気がして、彼女の気持ちが不透明になりつつある。手を止めて夕日を見つめる彼女の瞳は濡れたように、夕日に負けないくらい美しかった。息を呑む。今までオレは、こんな綺麗な存在と生きてきたのか。

「無理だよ」

しっかり言ったその言葉は、オレを困惑させて胸の中に縄張りを作るみたいで、オレには都合が悪かった。でもここで分かったことが一つ。彼女も絶対、オレが同じことを言ったら都合が悪くなる。そんな関係だ。黙り込んでる間に、彼女は冠を完成させて、オレの頭に乗せて満足している。そして呟くでもなく、囁くでもなく、それでも声を潜め言ったのだ。

「この世界の何を基準にしたって、私のジャンルカへの気持ちは計れたものじゃないんだよ」






いたずらに抱きしめて
オレはこう答えた、それじゃあこの愛は誰にも分からないな、と。

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