昨日転校生の存在を知ったディランは、やはり今日すごく機嫌が良かった。スクールバスに揺られる中、ディランは女の子の可愛さをオレに熱弁した。右から左に受け流しながら、ディランから視線を外し世界のサッカーをおもう。するとディランに額を叩かれた。

「マーク!ミーの話きいてた!?」
「あ、あぁ…ごめん」
「興味の無い話にはまるで聞く耳持たないんだから!」
「…悪いな」

明日転校してくるんだってーと話を続けるディランに適当に相槌をうち、今度は転校生を思った。女の子。こんなこと言ったらディランに変だと言われそうだが、今のオレにはサッカーと世界以外まるで興味が無い。バスケにも、残念ながら今は全くだ。

「あ、でね!その子ミー達のクラスに来るらしいよ!」
「へえ」

バスが止まる。ディランは手を振り降りていった。ディランの情報網は相変わらずすごい。やっぱりそういう情報は少しでも知っておいた方がいいのか。サッカーしか頭にないオレには分からない。






母の言った通りだった。

「名前はハーフなのか!」
「すごいわ!」
「どこのハーフ?」

質問、質問、質問の嵐だった。教室に入り先生が私を紹介した瞬間から、クラスは驚きと好奇の色に染まった。休み時間になると、私の机を十人程が取り囲んだ。びっくりして動かなくなる私にお構いなしに、男の子女の子入り乱れて私に突きつけられる質問。一つ一つに答えようとするも、私の声の上からまた別の質問が乗っかり上手くコミュニケーションが取れない。一方通行すぎて、私はどうしたらいいか分からない。すると、陽気な声が嵐を割いて質問を跳ね飛ばした。

「Hello!」

アイマスク(なのかな?)をかけた男の子が私の手を握ってぶんぶんと縦に振った。挨拶のつもりだろう、私も明るく返事をして互いに自己紹介をした。
彼はディラン・キースと言った。ディランくんは私のことを「名前」と呼ぶね、と勝手に決めつけ(私は気にしないが)、一つ一つゆっくり質問した。私を囲んでいた子達は、ディランくんの邪魔をせず、そこに大人しくなった。

「父が日本人でね。私は日本語も話せるの」
「すごいね!今度ミーにも教えてよ」
「いいよ。ディランくんって面白いね」
「やだなぁ、ディランでオーケーさ!」

ディランとの会話は楽しかった。放課後にサッカーの見学に誘われ、私は快く承諾した。ディランはまた私の手を握ると歯を見せて子供のように笑顔を見せた。すごく話しやすくて、これからの生活の不安が取り除かれた気がする。周りにいる子も、私と握手して自己紹介をし合った。でもまだ名前は覚えられなかった。ディランだけは私の脳にしっかりインプットされたが。そんな私は、放課後にもう一人、名前を脳にインプットすることになる。






ディランに手を引っ張られ、練習場まで連れてこられた。ボールの跳ねる音が聞こえると、ディランはチームについて教えてくれた。「ミーのいるチームはユニコーンっていって、アメリカ代表チームなんだ。世界と戦うんだよ!」
この広いアメリカの代表メンバーに選ばれたなんて。その時私は何も言えなかった。ディランという男の子はすごいんだ。弱い頭にはそれしか分からなくて、練習場に着いてから一言「すごい!」それしか言ってあげられることが出来なかった。それでもディランは笑って白い歯を見せた。

「あれ、マークは?」
「まだ来てないぞ。それより、ディラン。彼女は?」

ディランが私を紹介しようとした。私はそれを制して、自分で紹介をする。チームの人は簡潔に自分の名前だけを述べ、握手を求めてきたので一人一人と挨拶を交わしながら手を握りあった。

「すっかり気を許してくれたみたいだね」

ディランが私に言い、私が返事をする前にフィールドへ走っていってしまった。フィールドといっても、日本語でいう校庭。私は近くの芝生に座り込んで練習を眺めていた。ディランは次々に人を抜いていく。サッカーをよく知らない私でも、ディランは上手いと感じた。ディランのシュートがゴールに入ると、ディランはガッツポーズをして私を見て叫んだ。「名前、見た!?ミーのシュート!」「うん、ディラン上手いね!」

投げキッスをされ、私は照れて口元を緩ませた。ノリのいい性格のディランは、転校初日でも、人気のある子なんだ、と分かる。まず絡みやすい。今日見ただけでも、女の子とも仲が良かった。ディランはクラスのリーダー的存在で、ムードメーカーでもあるんだ。

「危ない!」

は、と頭を現実に引き戻すと、一直線に私にボールが向かってきていた。体育座りな為、すぐには動けない。ぶつかる――反射的に目を瞑り、顔を両腕で覆って防ごうとした。

バンッ!

ぶつかる音がして、私は目を開けた。私の体に影が出来ている。自然に目は上を向いた。

「ディラン!オレがいない時はボールの動きに気をつけろと言っただろ!」

ボールは赤いスニーカーに押さえつけられて芝生に落ち着いていた。

「ごめんマーク…名前、大丈夫だった!?」
「あ、うん。平気…どこも怪我してないよ」

駆け寄ってきたディランが、その場にへたり込んで安堵の息をついた。私は立ち上がって、自分に背を向ける男の子に声をかける。

「あの、ありがとう」

男の子は、後ろからの私の言葉に声を返した。

「あ、あぁ。ごめんな」
「ううん、大丈夫だったから気にしないで」

男の子が振り返った。彼の肩に提げられたスポーツバックが、向きを変えたせいで太陽の光を反射する。それがやけに綺麗に目に映った。

「オレはマーク・クルーガー。ユニコーンのキャプテンだ」

その海のような瞳に、私は頭が真っ白になった。

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