「ええと、珍しいなって」
「どうして」
「だって、照美くんは人のこと殴るの嫌いだよ」

彼が固まった。わたしは彼をしばらく見つめ、少し経ってから続けて言った。

「わたしが知ってるのは、照美くんが喧嘩した理由は誰かを貶されたこと、それは同性じゃないこと、それと…」

かまをかけてみる。

「貶されたのが好きな子だってことくらいかな」

くらいといってもそれしか知らなかった。わたしはわたしの知っている全ての情報を彼に与えたのだ。最後のは自分で作った虚実だが。彼の目は大きく見開かれていて、わたしから一ミリたりとも視線を外さなかった。そんなに驚くことは言ってないはずだ。

「……僕が君をここへ呼んだ理由はね、君に感謝してもらおうと思って」
「?」

話題の切り替えに上手く対応出来ずに戸惑う。彼はいらついてはいない。感謝?わたしは彼に何かされたのか。

「下駄箱のことで何か覚えてないかい?」

――え…。

「…まさか、照美くん、下駄箱を綺麗に…」
「廊下ですれ違った時、君は何か感じた筈だよ」

そんな馬鹿な。信じられない。彼は何故にわたしの下駄箱なんかに手を入れたのだ。彼の美しい手があの雑巾に触れたのか。臭いまで消してくれたのか。

「ありがとう、ございます」

瞬間のことだった。わたしは彼から放たれた電波を受信した。およそ一秒にも満たない僅かな気の緩みだった。しかし衝撃的すぎていまいち頭で整理出来ない。それでも彼からのメッセージなのだ。わたしへの本音、わたしは空気が読めないから存分に言える。

「照美くん、わたしのことまだ好きなんだね」
「!?な、んで…?そんなわけない、また変なこと言い出して、君は電波族のままでいいの?」

言ってることがめちゃくちゃだ。彼の精神の均衡が大きく崩れ、わたしは色々な情報を受信する。同級生に貶されたのはわたし、毎日気になっていたのはわたし、別れてずっと想っていたのはわたし、好きな子はわたし、全部全部わたしのことで、彼にはもう隠すものがなくなった。彼は絶望感に圧倒されていた。やっぱり結論を言うならば、彼は神では無い。きっぱり言い切ろう。
彼は自分を神だと思いたかったのだ。だけど、少しの人間不信に悩まされて、好きな子に告白された時はそれを同情だと思った。その子は電波族で有名な子だったから、きっと自分の心の寂しさをどこかで受信して、それで可哀想だから告白してきたのだと勘違いした。だからあんなことを言った。その後すぐに別れたのも、やはり人間不信によりその子を信用できなくなったからだった。そして後悔した。

このことを彼に言っても良かったが、彼は今飽和状態で、とてもそんなことを言える状況ではない。わたしが待つしか方法が無いから、彼が落ち着くまで黙って待っている。
やがて彼が正気に戻った。

「そうだ。僕は君が好きだった。一ヶ月前、別れを告げた時自分ですごく後悔した。恋人でいたかったのに、心で、神の自分が君を断ったんだ。僕は素直にそれに従った。だけど、心の中の僕は自分を神だと思いたかったただの虚像にすぎなかった」

滾々として語る彼はどこか疲れていた。

 

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