目覚まし時計よりも早く起きて、顔を洗って寝癖のついた髪を直す。朝食を取って歯を磨き、部屋に帰るとカーテンを開けた。今日は快晴、俺の心も快晴だ。






藍の合唱






約束の時間より十分も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。場所はもちろん昨日別れたところだ。

(やべー緊張してきた)

心臓はバクバクだった。一緒に登校だなんて、付き合う前は夢にも思わなかったこと。両想いなことが既に奇跡なのだ。嬉しくてつい顔がにやける。いけないいけない、こんな顔彼女に見られてはならない。

「成神くん」

自分の名前を呼ぶ声にはっと我に返る。声のした方を見ると、緊張した面持ちの名字であった。

「おはよう」
「…おはよう」

挨拶を交わして、お互い沈黙を迎える。名字が来たら何を話そうか、前日に考えたことは全て吹っ飛んでしまった。しばらくそこに二人で立っていた。やがて、俺から登校を促し二人揃って歩き出す。しかし直ぐに離れる、俺と名字の歩幅はそんな変わらないのに、隣にいない、距離があるのが非常にもどかしい。何か、と俺は話のネタを探した。辺りをきょろきょろするが、話題になりそうなものは一つも見つからなかった。そうだ、俺は思いついた。高校生になった時の話でもすればいい。少しは話のネタになるだろう、俺は後ろを歩く名字に問いかけた。

「名字はさ、高校行ったらバイトする?」
「え、あ、うん。するつもりだよ」
「へえー。どこで?」
「成神くんはバイトしたいの?」
「オレ?うーんそうだなー」

名字に上手くはぐらかされた気がするが、彼女の質問に答えないわけにはいかない。素直に答えた。

「CDショップ」

途端に、名字の肩が跳ねて瞳が右往左往した。顔まで真っ赤に染めて、歩く速度も遅くなる。ぴたり、やがて止まってしまった。

「お、俺何か悪いこと言った?」
「え、う、ううんごめん。成神くんは悪くないよ」

あのね、と下を向いて指を絡める名字は、まるで先生に分からない問題を当てられた小学生のようだ。そんな名字がとても可愛く見える。彼氏だからなのかもしれない。今誰かにこの気持ちをのろけたい。抱きしめちゃってもいいけど、その後避けられる気がする。のでぐっと堪える。とりあえず名字に歩行を促してみる。

「名字、早くしないと遅刻…」
「私も成神くんと同じ場所で働きたいって思ってたんだ」

「…え」今度は俺の動きが止まる。名字は俺の言葉を遮ってしまったことにはっとして、慌声をあげた。

「は、早く行こう」
「ちょっと待った、え、名字?」
「……っ」

名字は歩くどころか走り出した。後ろを追いかけると、意外に足が速かった、追いつけるだろうと気を抜いて走っていた俺と名字の距離は開く。やべー本気で走らねーと、と気合いを入れた時、名字は角を曲がった。見失う。そう思って大股で角を曲がると、名字は地面に尻餅をついていた。彼女の前に立ちふさがるように三、四人の男が立っている。帝国の生徒ではない。制服を着崩していることから、不良の部類であることが容易に理解出来た。

「おい、ぶつかっといて謝りもしねーのかよ」
「謝れよ」
「す、すみま」
「あぁ!?聞こえねー」

いや思いっきり聞こえる。不良より彼女との間隔が開いている俺がはっきり聞こえるのだ、聞こえないというのは赤い嘘である。

「名字!」
「…成神くん!」

名字に駆け寄り、手を貸して名字を立たせると、不良が俺に目を付けた。俺は、自然と名字を自分の背後に位置させる。

「ああ?何だてめえは」
「女の子相手に恥ずかしくないですか?四人もいるのに」
「…あ?」

不良って、あ、しか言葉を知らないんじゃないか?さっきからそればかり発音されて、こっちも気がおかしくなってくる。赤ちゃんかってーの。あ、知能数が低いのか。それじゃ仕方ないよな。

「成神くん!!」

そんなことを考えていると、耳のすぐ近くで名字の声が鳴った。






「今度からは気をつけてね」
「はい、失礼しました」
「お大事に」

「いっ…つつ」保健室を出ると、無意識に声が洩れた。不良に二発殴られて、名字に肩を貸してもらいながら学校まで着いて保健室に直行、怪我の経緯を訊かれ、俺に非は無いことが分かってもらえた。しかし結構痛い。色んな意味で。

「成神くん」
「わっ、名字!?」

名字が保健室の外で待っていた。まだ朝のHR前(しかも三十分も前)だから、廊下には俺と名字の二人だけだった。名字は俺の顔に貼ってある大きい湿布を見、悲しい表情をした。罪悪感を感じているらしい。ごめんと謝られた。

「名字のせいじゃないだろ」
「私が走らなければ、不良の人たちにぶつかって成神くんが殴られることもなかったのに」

どのみちあの不良たちは殴っただろう。こんな朝にあんな所に立っているなんて、喧嘩売る気満々だったのだ。俺はけして反撃をしなかった。サッカー部の試合が三日後にあるから絶対に問題は起こしてはいけないのと、サッカーをやっている以上、人を蹴る目的で足は使わないという自分なりのポリシーがあるからだ。

名字は何も悪くない。悪いのは不良なのだ。

「気にすんなって」

笑って頭を優しく叩くと、少し暗い表情の名字の手を取る。それに驚いた名字が、繋がれた手を見る。俺が何も言わずに歩き出すと、名字も黙って足を動かした。

「マジで名字のせいじゃないから」
「……うん」
「かっこ悪かったよな、俺」

体が後ろに引っ張られて、歩みを止めると、少し強く名字に手を握られて、「そんなことない。成神くん、すごい…かっこ良かった」と呟かれた。

 
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