こうも上手くいく恋愛は、最初で最後に見ることになるだろう、と思った。






緑のマエストロ






「秀くん、あのね、聞いて欲しいことがあるの」

打ち明けられたのは三月、中学一年生もあと一週間で終わる頃だった。何ー?と何気なく尋ねると、耳まで赤くなった名字が「私、成神くんのこと好きなの」と明かした。

「…え?」

その時は何の反応も出来なくて、一瞬にして気まずい雰囲気になったことを覚えている。彼女は、今まで幼なじみ間で打ち明けられる中での、最大の秘密を話してくれた。「そ、それ本気なの?」上擦った声が彼女をちょっと不機嫌にさせたみたいだ。

「本気だよ。嘘で言うと思ってるの?」

思わなかった。名字は嘘をつくタイプでないし、それは小さい頃からよく知っている。まさか成神が好きだとは。成神はサッカーと音楽にしか興味は無い、前途多難だなぁ。頭を悩ませる矢先だった。

「な、洞面。お前確か名字の幼なじみだったよな」

成神が突然彼女の名前を出して会話を始めるものだから、平静心を失いそうになる。心を落ち着かせ、何の気なしに言葉を返した。

「どんな性格?優しい?天然?」

ここで疑問を抱きはじめる。疑問というのは少し違う、確信だ。日頃一緒に生活していて、成神は奥手なタイプではないことは熟知している。彼が積極的になるのは、対象物に深い興味を示した時だ。

(…まさかね)

心の中でその確信を静かに否定するが、気になって仕方ないので、呑気にきいてみた。

「…成神、どうしたの?今まで君から名字の名前が出てくることなんかなかったのに」
「実は名字のことが気になってんだよ」

椅子から落ちるかと思った。肝が冷や冷やする。脈が速くなっている。成神の不思議そうな驚いた表情が見えた。ほんの少しの確信が確かなものとなった。いや、こんな都合の良いことがあっていいのか。マンモス校なだけあって、帝国にはたくさんの生徒がいる。こんなに多くの男女がいて、お互いの気持ちが通じ合うなんて神の成せる技じゃないか。偶然性は信じがたい。偶然なんかでこのようなことが起きてはたまったもんじゃない。

(りょ、両想いだ…)

どうやらこれが運命というやつらしい。成神は彼女の情報を欲しがっている。両想いなんだし、いいかな。特に意味はないため息を吐いて、二人が上手くいくよう願った。






あれから成神はどんどん彼女に話しかけている。朝の挨拶から、「次の授業何?」といったさりげない(どうでもいい)ことまで内容は様々だ。彼女も至って普通に受け答えているので、自分が仲介に入る必要はない。放課後に成神に、「今日は五回も話しかけたぜ!」と揚々と語られると、こちらまで微笑ましくなってしまうのであった。

風呂に入ってテレビを見ていると、テーブルの上の携帯がメール着信を知らせた。ディスプレイには彼女の名前。メールボックスを開くと、急いで打ったのか、興奮して打ったのか、そこには絵文字も顔文字も無い一文がおかれていた。

《今日5回も成神くんとしゃべった!》

返信に困る。CMはもう終わっていて、芸人が持ちネタを披露しているところだった。ちらりとそれを見る、大して興味の無い芸人、しかも最近出てきた奴。それに、自虐ネタは好きじゃないと評して携帯に意識を戻した。良かったね、と打って送信しようとするが、ふと指を止めて本文に一行付け足した。つきあえるといいね。容易に予想出来た結果を知っている自分としては至極つまらない応援メッセージになってしまったが、彼女はそんなこと微塵も感じないだろう。恋は盲目とは、よく言ったものだ。

次の日の夕方に「成神くんに告白された!それでね、明日の朝一緒に学校行くことになったんだ!」と「今日こくったんだけど、名字もオレのこと好きだったんだって!やべー超嬉しいんだけど。明日一緒に学校行く約束した。やった!」と来たメールを見て、二人のアドレスにまとめて返信しようかと思った。携帯の中でもくっついちゃえ。そうからかってやろうと思ったが、明日成神にぎこちなく接してしまうだろう彼女に、不安になった成神がのろけるように相談してくるのも面倒くさいな、と親切に送信メールを分けてやった。

 
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