「な、洞面。お前確か名字の幼なじみだったよな」

クラスの奴にきいて、後にあれが名字だと分かった時には、オレは完全に名字のことで頭がいっぱいだった。






青の旋律






洞面はとぼけた顔をしてペンを止めた。ノートには数式が事細かに、見かけによらず勉強をしっかりやるタイプのようだ。それは置いといて。

「名字?うん幼なじみだけど…」
「どんな性格?優しい?天然?」
「…成神、どうしたの?今まで君から名字の名前が出てくることなんかなかったのに」

そういえばそうだ。今まで一度も名字の話なんかしたことないし、ましてや女子の話題などあげたこともない。洞面は言った、「それより、授業さぼったこと佐久間に言っちゃおうかな」それは何が何でもやめて欲しい。

「実は、名字のことが気になってんだよ」

洞面の反応といったらなかった。あの、何に対しても落ち着いた(呑気な、といった方が正しいかもしれない)態度をとる洞面が、椅子から尻を浮かせて飛び上がるくらいの驚きを見せた。そう大きくない声で叫んで。ヘッドホンから聴こえてくる音楽が一瞬洞面の声で消える。

「成神!?え、本当に?本気で言ってるの?」
「冗談でこんなこと言うかよ」

落ち着きを払ったみたいだった。机の上のペンを指で転がしている。その手がぎこちなくて、ものすごく不自然だ。…やはりまだ心が浮ついているのか。

「とにかく、名字のことについて色々教えて欲しい。頼む!」

手を合わせ頭を下げると、頭上から一つのため息がした。






嬉しく思ったのは、名字とオレの好みが結構似ていること。音楽が好き、サッカーが好き、午後ティーが好き、理科が嫌いで英語が得意、高校生になったらバイトしたい場所はCDショップ。CDショップは、二人で一緒に働けたら幸せだと思った。まだ中学生だから出来ないが、高校生になったら。色んな思いが交錯する。最後の方は話を聞いてなくて、そんなオレを洞面は呆れ顔で見ていただろうが、こうも趣向が被るとは一種の運命なんじゃないかと思わざるを得なかった。大げさだと洞面に笑われる。オレは信じて疑わない。信じて、っていうか本気でこれは運命ではないか、と思い始めた時、「そうだ」と洞面が手を叩いた。

「名字にもきいてみよっか、成神のことどう思ってるか」
「…なっ、は!?」
「うん、いいかも」

洞面は至極満足そうだ。オレは胸の前で手を振り、真っ向から否定する。

「やめろよ!いいって、お前がそこまでしなくても」

不服らしく、険しい顔をしてみせる洞面。幼なじみということで色々きけるのは便利だと思うが、それだけは非常に良くない質問だろう。名字も困る。なんとか説得しそのアイデアは棄却された。洞面は、たまに突拍子もないことを言い出すから、肝を冷やすことが度々ある。今も十分冷やされた。

「オレ頑張るから、協力頼んだぜ」
「任せて」

小柄で、たまに言動や性格など子供に似た一面があるが、こういう時やここぞという時は頼りになる。いい友達を持った。






オレは、自分でいうのもなんだが積極的なタイプだ。今日は名字に五回も話しかけた。洞面に自慢すれば、「成神って、結構プレイボーイなんだ」と呟かれた。悪い意味で言ったわけじゃなさそうだ。
そしてその次の日、ついに勉強を教えてもらえることになった。科目は英語。けしてテストの点が悪いわけではないが、名字が教えてくれるのであれば文字だってなんだって教わる気である。そして、オレは今日ついにあることを決行する。
放課後になり、帰りのHRが終わると、名字の席に行く。前の奴の席を借りて、オレと名字は向かい合う形になった。

「何が分からないの?」
「関係代名詞。あれは先生の話聞いても分からねえ」

いや、本当はほぼ分かる。さっきも言ったが、オレは名字に教えてもらえるのであれば神聖文字だって何だって教わる気だ。

「まずはwhoとwhichの違いからね」
「おう、頼む」

洞面は今頃、呆れたとでも言う顔でオレの部活欠席の理由を述べているだろう。明日佐久間先輩や辺見先輩に怒られること覚悟で、オレは名字の声に聴き入った。






時間は既に六時を回って、三十分近かった。オレが帰宅を促して、お互い帰りの用意をする。その時の無言が、オレに緊張を与え体を固くさせた。

(…いよいよ、だな)

オレは今日、名字に告白するつもりだった。“声”を聴いて二週間、毎日名字のことを目で追ってしまい、他の男と話しているところを見ると彼氏でもないのにいらいらして、落ち込んで洞面に愚痴を言いに行った。洞面はいつもオレの話を黙ってきき、オレが話し終わるまで一言も発さなかった。オレへの気遣いなのか、それとも黙ってきいてるふりをして右から左へ聞き流していただけなのか、オレはどちらでも良かったが、洞面にはとりあえず感謝をする。げた箱で靴を履き替える時の名字が、夕日をバックにとても綺麗に目に映って、上履きをしまう手が止まった。

「帰る方向、一緒?」
「オレ校門出たら右」
「私も!」
「…っ」

笑顔を見せる名字に、普通にどきりとした。好きだ。すごく好きだ。
二週間で告白なんて、一般的には早すぎるだろう。だけど、オレは真剣だ。大真面目だ。そこらのちゃらちゃらした男とは違うということを分かって欲しい。前を歩く名字の名を呼んだ。

「成神くん?」
「その、名字。きいてほしい」

べたな告白しか出来ないオレを名字は笑うだろうか。名字はそんな奴じゃないから、それはないとしても、でもオレの心臓はうるさい。ここまで来たら度胸で乗り越えるしかない。

「オレ、名字が好きだ」

名字の目が大きく開かれた。過去に見た記憶のないその表情に、オレの心は陰り、心臓は潰れそうだった。驚いているようだが、何に対して驚いているのか。オレがこんなこと言うキャラじゃないと思ってたから?それだったら、まさか告白されるなんて、私成神くんのこと友達だと思ってたのに、よりもずっといい。早く何か言って欲しい。出来れば、いい返事をききたい。

「…やっぱり本当だったんだ」
「え?」

名字の言葉の真意が分からなくて聞き返す。今のは、告白の返事?それとも別の話?はいかいいえか、どちらともとれない。こんなもやもやした気分初めてだ。気持ちのいいものではないな。どきどき心臓をうるさくしながら諦めの準備に取りかかろうとした時、不意に名字が笑顔になった。

「私も、ずっと前から成神くんが好き」






人生バラ色とは今の状況を指すのだろう、と幸せのおぼろの中に思った。今オレの隣には名字がいて、あぁ幸せに殺されそうだ。

「…成神くん私こっちだから」
「ん、あぁ」

人気の無い十字路、右に曲がれば家はすぐだと言う。ここで別れるということは、うちから近くないし離れてもいない、つまり微妙な距離。離れてないからいっか…と少しずれたヘッドホンを直した。

「じゃあ、また…明日」
「じゃあな」

顔が赤かった。お互い緊張してたのだと思うと、凶器を持った幸せがオレの心臓に忍び寄ってくる。名字の後ろ姿を見送る瞬間、もっと一緒にいたいと思った。手を繋ぎたい、腕も組みたい、

「名字!」

呼び止めてしまった。名字の足は止まり、振り返ってオレを見る。オレの右手は、ヘッドホンの音量を自然と下げていた。

「明日、……明日一緒に学校行かないか」
「…!」

名字は、今にも沈みそうな夕日と独立した赤色で、自分の頬を染めた。動揺してるのか、表情がころころ変わる。困った顔は少しも見せない。可愛すぎた。

「…いいよ」
「明日七時半にここな!」
「うん。じゃあ…」

今度こそ本当にさよならだ。オレもまた帰路についた時、アドレスをきくのを忘れて途方に暮れた。


 
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