小さい頃から音楽が好きで、いつだって外したことのないヘッドホン。それは中学に上がってものことで、これから先もずっと外さない。そう決めていた。






紫の独唱






初めて音楽に感動したのは、両親に連れて行ってもらったオーケストラの、盛大なファンファーレを聴いた時だった。今までの自分の鼻歌とは比べものにならないその音楽、メロディーは、自分を何か変えてくれるのではないかと瞳をきらきらさせた。三年前に両親に頼み込んで買ってもらったヘッドホン、未だに使っているそのヘッドホンは、次々と新発売されるどのヘッドホンをも圧倒的に凌駕していた。クリアな音質を耳に届け、脳内を洗練されたメロディーが駆け回る。いつから詩人になったのかなんてきかないで欲しい。

「成神は本当に外さないんだな」
「ん?何がですか」
「そのヘッドホン。綺麗だし、新しいやつっぽいし」
「あぁ、これ新しくないんですよ。確か、三年前に買ったやつ」
「三年!?」

新しいヘッドホンなんてこいつに比べたら。毎日丁寧に拭いて、汚れを綺麗に取ってあげれば、今の最新型なんて比にならないのだ。第一、かなり古くて使いこなされたこのヘッドホンは今のに比べしっかりした作りで、耐久性に優れている。今のは昔ほど単調な製作過程を経ていないから、ちょっとした高いところから落とすだけで、片方から音が流れなくなる。音漏れや音質にこだわりすぎたせいで、肝心の耐久性を疎かにするなんて、だがそれが最先端ということなのだ、と自分は納得した。三年も同じのを使っているのが辺見先輩には信じられないらしく、何故だか顔を青くしている。

「今のは何か脆いんで好きじゃないんですよー」

間の抜けたことを言ってみた。






授業中も、黒板を見、先生の話を聞きながらヘッドホンはけして取らない。初めは注意されたが、サッカー部に入った俺に先生はつっかかって来なくなった。影山総帥の下に入ってしまえば、あとの学校生活は何も苦にならない。洞面も、マフラーのことを言われなくなったようで、サッカー部に入って良かったな、とお互い喜んだ。部活でも先輩たちは俺のヘッドホンについて何も触れないし、意外に帝国が住みやすくて毎日が楽しい。聴いている曲をバラードに変えて、俺は机に顔を突っ伏せた。さようなら先生、俺はしばしの間眠らせていただきます。






目を開けると、教室には俺一人だった。時計を見れば三時限目に入ってもう二十分経っている。寝過ごしたのだ。何も言われなくなったのは嬉しいが、せめて授業が終わった時は起こして欲しい、と自分勝手な理由で先生を恨んだ。洞面は別のクラスだし、クラスには友人と呼べるやつは存在しない。サッカー部だということで皆恐れを抱いているのだ。この俺に。たまにサッカー部の肩書きが嫌になるのはこの時だ。仕方ないと妥協し、教科書とノートを準備して、頭の中を流れる音が途切れているのに気がつく。バラード曲が全て終わってしまったのか、じゃあ次は…と選曲している時に、ドアの方で「あ」と声がした。

「…成神くん?」

その声に、俺は選曲を止めた。今まできいた中で、何よりも澄んだ“音”がして、親指が自然に止まる。

「三時限目って、確か移動だよね。私今学校来たから…」
「……第四選択室で授業してる」
「ありがとう」

振り返るが、既にそこに姿は無く、俺は目をぱちぱちとしぱたかせた。

(…何だ、今の声)

誰だったんだ。

三時限目、俺は授業をさぼり教室で一人、ア・カペラを聴いていた。

 
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