私が幼い頃から大事に大事に飼っていたメルちゃんが死んだ。悲しくて辛くて私は大粒の涙を流して泣いた。泣きすぎて目が腫れてしまって、幼なじみで彼氏の晴矢に心配された。死因は老衰。メルちゃんは今年十三にもなる老犬で、夏のこの暑さに耐えきれなかったから死んだのだ、と獣医さんは私に説明してくれた。メルちゃんは決して家の中に入ろうとしなかった。夏の暑さに耐えられないだろうと私が頑張って家の中へ入れても、玄関やら窓やらから自分の犬小屋へ戻ってしまっていた。メルちゃん!と呼ぶとちぎれんばかりに尻尾を振って私の方に走ってきて、大きな舌で私の顔をべろべろと舐めた。私が友達とのいざこざで泣いている時、メルちゃんは必ず私の頬に鼻を寄せ、涙を舐めとってくれた。家の中が嫌いなメルちゃんは、私がリビングで泣いている時は自分から飛び込んできてくれた。二階の部屋で泣いてても、どうやったら分かるのか、母親が窓の鍵を開けると家の中へ駆け込んできて私の部屋のドアを前足で擦り、ドアを開けた私に飛びついてきて涙を舐めとってくれた。

メルちゃんは私が五歳の時にうちに来たゴールデンレトリバーで、両親が雄だと言うのもきかず、私はメルちゃんと名付けた。丁寧にちゃんも名前にして、みんなはメルちゃんメルちゃんと呼んだ。そのたびにメルちゃんは尻尾を振り嬉しそうにわんと吠えた。メルちゃんは家族同然の存在だった。昔の思い出に浸っていたら、ピンポーンと家のチャイムが鳴って、私は写真から目を離し玄関に向かいがちゃりとドアを開けた。そこに立っていたのは晴矢だった。

「学校はどうしたの」
「お前が心配で休んだ」
「何それ」
「悪いか」

晴矢は靴を脱いでリビングに向かった。私もそのあとを追う。晴矢はメルちゃんの写真を見ていた。一番最後に撮ったのは死ぬ二日前だった。麦茶を用意してテーブルに置く。晴矢は黙ったままじいっとその写真を見入っていた。晴矢もメルちゃんとよく遊んだ仲で、小さい頃はメルちゃんに上に乗られて泣いていた。晴矢は泣き虫だとこの時思う。何かとめそめそ泣いてた記憶が頭の隅に放置してある。晴矢は私の方を振り返り、今度は私の顔をじいっと見つめた。少し気圧されて体を少し後ろに反らすと、「今泣いてただろ」と晴矢に指摘された。泣いてないと反論すれば、写真の置いてある棚のすぐ前の床を指差した。

「ここに水滴がある」
「…晴矢はごまかせないね」

笑う私を、晴矢はそっと抱きしめた。「無理、すんな」さっき引っ込んだ筈の涙がまた瞳を濡らして頬を伝っていく。晴矢は温かくて、まるでメルちゃんに触れてるみたいだった。メルちゃんの体温と似てる…。心から安心出来て、私は精一杯抱きしめ返した。晴矢が少しだけ私に体重をかけるので、私はよたよた足を動かしながらソファに座る。すると、眼前には真っ白な天井と晴矢の顔。何をされたのか分からなくて、晴矢?と名前を呼ぶと、べろりと頬を舐められた。

「ひうっ」
「名前…」

あぁ、押し倒されたのか。晴矢は次に鼻を舐め、においを嗅ぐような仕草をした。それが、今まで見てきたある影と重なって、私ははっと息を呑んだ。同時に、昨日母に言われたことが蘇る。晴矢が、メルちゃんが死んだあと直ぐに意識を失い玄関先で倒れたこと、その後目を覚まして大丈夫だと一言漏らして自室に入っていったこと。何か関係性がある気がした。今の晴矢の行動と、昨日の晴矢の行動と。

「晴矢?」

名前を呼んでみる、晴矢は今までに見たことのない笑顔でただ一言「わん」と言った。


 

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