オレが通っている学校には、今はもう使われていない校舎が、北のはずれにぽつんと存在している。いわゆる旧校舎と言われる類のもので、小学校の頃流行った学校の怪談なるものの影響で誰も寄りつかない。手入れが施されていないその校舎は、カラスがぎゃあぎゃあ喚き異質な雰囲気を醸し出している。「あれ」が見える人には見えるみたいで、何だか色々と怪奇な噂の絶えない建物だ。

オレはそんな旧校舎が気になっていた。誰も近寄らない場所、誰も入らない場所、それだけでオレの好奇心が歓喜の声を上げる。中を探検したい。ただ、怪奇的なことが起きるなどと噂されるところなので、一人で行くのは少し怖いし寂しい。昼休み、彼女の名前に声をかけると、ものすごい不快な顔をして嫌がったが、しつこく「頼む!」と頭を下げたら、ため息をついて同伴を承諾した。

「あ、来たね」
「…リュウジ、やめない?やっぱり怖い」
「大丈夫だよ。怖いって思うのは噂のせいだ。噂なんて嘘ばっかりなんだから」

放課後、約束通り旧校舎の前の集合場所に来た名前を褒めながら、持っていた懐中電灯を点け、錆びて壊れた鍵を取り引き戸を開けた。もうかれこれ五十年間使用されていない校舎。何故取り壊さなかったのか不思議に思うが、今は探検が先だ。名前が腕に絡みついてくる。軋む床がやけに不気味に聞こえて、少し体が固くなった。

「リュウジ」

名前は既に涙声だった。オレは安心して、と名前の肩を掴み、そのまま抱き寄せた。一歩一歩、静かに歩き出す。名前もオレの腰にがっちり腕を回してオレの歩幅に合わせる。二人分の床の軋み。真っ直ぐ歩いていくと、水飲み場に行き当たった。左右に伸びた長い廊下。夕方にも関わらず、廊下は漆黒の闇に包まれていて、懐中電灯で照らさないと前が見えない状態だった。名前がぐす、と鼻を啜った。

「ここまでにしようよ、ねえリュウジ帰ろ?もういいでしょ?」
「…右の廊下だけ行ってみよう」
「!やだ、本気!?」

答える代わりに右の廊下に懐中電灯を向けてみた。名前はオレの服をぎゅっと強く握った。突き当たりまで照らしてみるが、特に異常は見当たらなかった。泣きながら首を振り嫌だを連呼する名前をどうにか宥め、オレたちは右の廊下を進み出した。床はどこも軋む。ミシ、ミシ、ミシ、

「!!ねぇリュウジ」
「ん?何、名前」
「今どこかでドアが開いた音しなかった…?」
「え……?」

一旦歩みを止め耳を澄ますも、何も聞こえて来ない。静かすぎる校舎の中、オレは名前の発言を否定した。

「しないって。聞き間違いだよ」
「嘘!私ちゃんと聞こえた」
「でも聞こえないよ?」

体の重心を移動させると、床がまた音を立てる。それ以外は何も聞こえない。無音の中、オレはまた歩き出した。名前はついにぐすぐすと泣き出した。

「もう嫌だ、リュウジなんて嫌い」

そんなショックなことを言われても、オレは動じなかった。嫌いになったとしても、名前は今はオレを頼るしかないのだ。妙な安心感が身を包む。

「何かあってもオレが守ってやるからさ。ほら、行こう?」

名前がこくりと頷いた。予定としては、まず真っ直ぐ突き当たりまで行き、引き返す時に教室の中を覗きながら戻ってくる。それがいい、と大分前から考えていた案に一人で満足した。時間が非常にゆっくり進んでる気がした。突き当たりまで行くと、名前の泣き声もいつの間にか止んでいた。体を反転させ、今来た廊下をもう一度歩く。教室の中を照らし五十年前の学校を味わっていると、不意に名前が足を止めた。オレは名前?と名前を呼ぶ。

「…うー」

その声は、名前の声にしては低かった。でも名前の声、低くすれば出ないこともない。いきなりの行動に僅かながら動揺する。名前が体を左右に揺らし始め、うーうーと繰り返す。明らかに異常だ、と感じたのはその時だ。

「…早くここから出よう」

オレは名前の腕を掴み走り出す。水飲み場まで戻ってきたところで、新しい電池を使ったはずの懐中電灯の光が消えた。構わず角を曲がり引き戸に手を伸ばし、思い切り開けて旧校舎を飛び出した。

「わっ!」

外で声がした。瞬間、心臓が止まった。外に立っていたのは名前だったのだ。

「リュウジ!?何で中に…まさか一人で行ってきたの?」

え、何故だ何故名前が目の前に―…。それではオレが今まで一緒にいた「彼女」は―…。ものすごい力で腕を引っ張られ、旧校舎の中へ逆戻りしたオレを、目の前の名前は驚きと恐怖の顔で見、悲鳴を上げた。そりゃそうだ、名前から見たオレの腕にこの世のものじゃない何かがくっついていたんだから。今まで一緒にいたのは名前じゃなかったんだ――。オレは、暗闇に包まれていく中で勝手に戸が閉まっていくのを見届けながら、何かに耳元で囁かれた。

「遊ぼうよ」

 

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