ストーカー被害相談件数は年間千件を超えるとされ、相談しないまでも実際ストーカー被害に遭っている被害者は約一万人いる、と警察庁のホームページには記載されている。年々増加傾向にあるストーカー被害、それに苦しむ被害者、悲しいことに自分もその内の一人だ。春から大学生、母を説得してやっとのことで、昔からの夢であった一人暮らしを実現し、四月に入る二週間前には既に荷物をダンボールの中へとしまい、楽しいキャンパスライフと誰にも邪魔されない一人暮らしの生活が私を待っていると思いを馳せるも、パソコンの前で少し心配になる。目の前の恐るべき現実が私の心を煽ってやまないのだ。
その時インターホンが鳴る。来た。私を悩ませる種が。

「あら、」
「おばさんこんにちは。名前いますか?」

お願いお母さん、私は留守だと言ってくれ頼む頼む頼む

「名前ー!ほら来てくれたわよ!」
「あ、おばさん。オレが行ってきますから」

とんとんとん、階段を上がってくる音。十二回鳴り終わった時、少し間が空いてからノックもせずにドアが開いた。

「やあ」
「出た、ストーカー男」
「やだなぁ、オレにはちゃんとヒロトって名前があるんだから。ね、基山さん」
「誰が基山よ。あんたのになった覚えはない」

基山ヒロト。一年前に恋人同士になって以来、ノックもせずにドアを開けられ、趣味や日課まで知り尽くされてしまった。俗にいうストーカーなんだけど、こいつの場合はただの変態な部分もあってなかなか判断が難しい。よくテレビで取り上げられたりするストーカーとは少し外れる部類の彼氏。嫌がらせは嫌がらせなんだけど、私が本気で嫌がった時は止めてくれるので、犯罪的なストーカーではないと思う。

「今日はどこ行こうか」
「あんたとのデートで毎月給料日の一週間前には金欠なんだけど」
「だからオレと一緒になろうって言ってるのに」

遠慮したい。そりゃあいつかは…って思うけど、浪費家な奴と一緒になってこれからを生きていける自信は無い。私は嫌です、とばかりにパソコンの電源を落とした。






春になって、相変わらずヒロトとの関係は続いていた。こんな言い方するとまるで嫌だみたいな印象を受けるが、私はちゃんとヒロトのことが好きだ。恋人同士なのも両想いだからで、別に無理やり交際を強要されたとかではない。
今日は珍しくヒロトの付き添い無しにスーパーに来ていた。抜けられない講義があったらしく、さっき謝罪のメールが十件程来た。送りすぎだ。

(ちゃんと講義受けてるのかしら)

レジのところに並ぶと、またヒロトからのメールが届いた。(これで十二件目)今日はレジがやけに混んでいる。ヒロトからのメールは「今講義終わった!」といった内容だった。おつかれさま、と返信してレジにかごを置き、カバンから財布を取り出した。






マンションに着いた頃には、日は西に傾き始めていた。鍵を差し込みドアを開け、エレベーターのボタンを押した。私の階で止まっていたエレベーターが下に降りてくる。その時着信のブザーがポケットの中で震えた。ヒロトからだった。

「もしもし」
「名前!今どこ!?」
「え?どこって―…」

チン、とエレベーターが到着の知らせをする。私は乗り込むと三のボタンを押した。

「マンションだけど。もう部屋着く」
「待て!!」

いやに焦っている。

「何よ?もしかして合鍵持ってるからって私の家ん中に変なもの隠してるの?」
「違う!だからマンションから出ろ!」
「なんでよ。荷物重いし、帰ってシャワー浴びたいの」
「駄目だやめろ!今オレも名前のマンション向かってるから!」

三階に着き、エレベーターの扉が開く。

「もう三階着いちゃったから」
「待てって!!オレもマンション着いたから!!」
「えっ、早くない!?」

ヒロトは、中学、高校とサッカー一筋の男で、中学の時日本代表にも選ばれたことがある実力者だ。足がとても速くて、陸上部のエースも簡単に追い抜かしてしまった。いくらそこまで足が速くとも大学からここまでは一キロ程の距離がある。それにスーパーはマンションの目と鼻の先にあるのだ。

「もしかして講義抜けた!?さっきのメールは嘘だったの!?」
「そうだよ!」

ドアの前まで来たので、鍵を取り出しドアノブに差し込む。カチャリ、と音がしてドアが開いた。

「もう鍵開けちゃったから。ヒロトが来る前に締めちゃうからね」
「馬鹿!!やめ…」

ドアを開けた時、背後で電話と重なった声。振り返ると、踊場のところにヒロトがいた。最後の段を駆け上がって私を呼ぶ声。そして、自宅の廊下を歩いてこちらに向かってくる誰かの足音。それが私の頭の中で交錯して、最後にヒロトの危ない、という声で目の前が真っ暗になった。

 

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