俺には気になっている子がいた。俺より年下で、何の接点も無かった、だけど二ヶ月程前の体育祭の時の嬉しそうな表情にどこか惹かれた。他の奴だって笑ったり嬉しがったりするのに、その子の顔だけが頭から離れなくて、そんな時俺は電車の中でその子を見た。

最初は嬉しくて、きっと頬も緩んで口の端も上がってたんだろう、もっと近くにいたいだなんて阿呆なことをも考えて、でも満員電車は無情にも俺を彼女の近くへは行かせてくれなくて、半分残念に思った。でも彼女の姿を見ることは出来た。ラッキー今日はついてるなと、人と人の間から僅かに見える彼女の姿を目に映して人に揺られた。
それから俺はすぐに気づいた。彼女の様子がおかしい、それまで少し不安げだった顔が突如くしゃっと歪み涙を零し始めた。そしてずっと肩が小さくなって、俯き加減になったように見えた。彼女のカバンを持つ手に力が入っているのを見て、瞬時に理解した。彼女は…痴漢に遭っているのだ。

怒りが湧いてきた。その場で「やめろ」と怒鳴りたかった。言えば周りはきっと気づく。よしと口を開く、が、俺は喉まで出かかった声を呑み込んだ。俺が痴漢と叫べば、彼女はどうなるのだろう。恥ずかしがり屋だというのは後輩からきいていた、だから今周りに注目されることで自分が痴漢されているのを見られる。それは彼女にとって苦痛以外の何物でもない。だからといって黙っていたくもなかった、だが…。俺の頭の中でぐるぐると二つの考えが回る。どちらが彼女にとって最善の選択だろう。彼女は涙を流し必死に耐えている。早くなんとか、早く、早く……

ふと、彼女の後ろに立っている一人の男が目に付いた。手がつり革を触っていない。もしや、だがすぐに決めつけるのは良くない。冷静に考えてみようと男の周囲の状況を把握してみる。

(……!)

周りを見、俺は衝撃を受けた。女が二人と、その怪しい男を抜いての男が一人だった、しかしその男は片手をつり革に、もう片手をスポーツ雑誌の格好であり、更には彼女に背を向けていたのだ。決まりだ。犯人はつり革を触っていないあの…

その時、痴漢をしているだろう男が口元を緩ませ笑ったのを、俺は見逃しはしなかった。






『次は帝国学園前ー次は帝国学園前ー』

降ります、と彼女の声が聞こえた。は、として彼女を見ると、いつ涙を拭いたのかいつもと変わらない顔でいる。それどころか、痴漢さえもなかったように引き締まった顔をしている。
そんな顔をしていても、彼女が痴漢されたのは事実、絶対に犯人を捕まえてやる、と決意した。ドアが開くと、ぎゅうぎゅうにされていた人々が弾かれたように一斉に外へ飛び出す。ドア付近の人の層が崩れ少し余裕が出来た。瞬間、俺は手を伸ばした。

「ってめえ!」

ホームへ出ようとした男の服をしっかと掴む。握力には自信がある、男は俺の手から逃れようと狭い車内で抵抗したが、帝国学園のゴールを守る俺にそこらの一般人が勝てるわけがない。電車から奴を引きずり出すと、ホームに放り出した。

尻餅をついた男の前に立つと、俺は、お前痴漢しただろ、と言った。俺は見ていた、やったんだな。怒鳴りつけると、目を見開いて瞳を無造作に動かし、違う、俺はやってない俺じゃないと呟き首を振り男は逃げ出した。絶対に逃がさない。正義感が俺の全運動神経を支配した。反射神経をフルに使い男の襟元に手を伸ばしそのまま掴み、体勢を立て直すと渾身の力で背負い投げをし、男を羽交い締めにした。男は周りの人々に手足の自由を取られ、身動き出来なくなった。誰かが駅員を呼んだのか、二人の駅員が駆けつけてきて男を連れて改札へと続くエスカレーターを上がっていった。その時周りから俺に拍手が沸き起こったが、そんな音は一割と聞こえていなかった、俺の心の中は澄み渡った青空が広がったかのような、晴れ晴れした思いがあった。座り込んでいる彼女の近くに行くと、ぼんやりしてるのか何の反応も示さない。手をそっと差し出すと、我に返ったのか一瞬彼女の目がきらりと光った気がした。こんな間近に彼女を感じるのは初めてで、さっきのことがありながらも心が跳ねた。

「立てるか?」




 

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