満員電車の中、もぞりと何かが動いた。私はため息を吐いた時の顔をしてカバンをきつく抱き締めた。
朝のこの時間のこの電車は、他の全ての路線の中でも一日の中で最も混む車両と言われている。しかも電車の路線からして、帝国学園に近い駅があるのがその一番混む路線の電車なのだから、乗らないわけにはいかない。入学当初、家を早くに出て空いた車両に乗ろうと思ったが、お父さんやお兄ちゃんと一緒に電車に乗って通学、というのは恥ずかしかった。(二人ともその帝国学園への最寄り駅が通過点というのだから尚更だ)しかも早くに出て行こうとすると、過保護気味なお兄ちゃんが自分も途中まで一緒に乗ってってやるというので、お兄ちゃんは遅刻決定のこの時間帯の電車に乗らなければいけなかった。その時間のに乗らないと私も遅刻をしてしまう。

今まで平気だった。一年五ヶ月乗っていて何もされなかったのに、どうやらその年月というのはまるっきり意味が無いものだと今教えられた気がした。誰かが私のお尻を触っている。俗にいう、痴漢。

体をよじろうにもよじれない。私の乗る満員電車は、生半可な満員ではない。おかしいな、今日は車両変えたのに。逆に車両を変えたのがいけなかったのかもしれない。いやらしい手つきで私の尻を撫でるその人の顔を想像してしまい、私は背筋が凍るような思いを抱いた。

皮肉にも、帝国の最寄り駅まであと五駅以上ある。その前に降りる奴であって欲しいと願った。どうか…。私の願いが少し効いたのか、その手がすっと離れた。良かった次の駅で降りるのかなと安心したのも束の間、その手はいきなりスカートの下に潜り込んできた。あまりの驚きに声を出しそうになったが、この満員電車の中変な声を出したらすごく恥ずかしい。羞恥心が声帯を支配して、私はひたすらに耐えるしかなかった。

下着を触る手に全神経が集中する。私のスカートとそいつの右手のスーツの擦れる音は、電車が揺れる音で掻き消される。手は太ももを撫で、下着を撫でしてすごく気持ち悪い。あと三駅に迫ったところで、最悪の事態が私を襲った。手が、下着を下ろし始めたのだ。えっ!?と驚く間もなくぐいぐいと脱がそうとする右手に、私は両足をしっかり合わせることで必死に抵抗した。やだ、気持ち悪い、やめて。声を出そうと口を開けるが、羞恥心が私の言葉を無音にする。手は私の両足の間をつつ、と撫でた。妙な感覚がしてがくん、と足が崩れそうになるのを何とか堪え、カバンについているキーホルダーをしっかと握りしめるが、一度崩した足は易々と侵入を許し、下着は意味を成さなくなった。
恥ずかしさでいっぱいだった。こんな公共の場であられもない姿を晒してる自分が急に惨めになった。人知れず涙が溢れてくる。涙は頬を濡らし、嗚咽を止める為に手は口を覆った。その間にも、手はついに何も付けていない私のそこに触れようとした。その時――

『次は帝国学園前ー次は帝国学園前ー』






降ります、と半ば反射的に声を出した。少し大きかった声は私の周りに少し余裕を持たせ、僅かな空間で急いで下着を上へと上げた。私の声に驚いたのか、手はすぐに引っ込みドアが開いた。電車から逃げるようにして飛び出し、ほっと安堵の息を吐いた。やっと出られた。もう少しでほんとに危なかった。
が、電車から出たと同時に、かつてない大きな不安と恐怖に駆られ私は顔をこわばらせた。涙がまた頬を伝ってきて、慌てて手で涙を拭った。だが思いは膨らんでいく。もしまたさっきのような目に遭ったら。さっき触ってきた奴に姿を見られていて、これから毎朝つけられでもしたら。怖い。恐怖心が体を支配して、ホームにぺたりと座り込んでしまった。どうしよう。どうしよう。どうしよう

「ってめえ!」

いきなり私の後ろから怒鳴り声が聞こえて、私だけじゃなく周りのサラリーマンやOLの人も声のした方を見る。電車の中から二人の男が出てきた。一人は帝国学園の制服を着ていて、学園で何度も見たことある有名な人だった。中年の男の襟を掴んだその人は、男をホームに放り出すと、さっきと同じ声で男を怒鳴り始めた。
何を言ってるのか全然聞こえなかった。ただ、私に関して何かを男に言っていることだけは分かった。男は首を振ってその場から逃げようとした。制服の人は再び男の襟を掴み自分と向き合わせると、男を力強く背負い投げた。周りの人が一斉に男を取り押さえる。気づけば、中年の男は駅員に連れられ去って行くところであった。一体何が起きたのだ。目の前に差し出された手で理解することが出来た。痴漢を撃退したのだ。私ではない、同じ学校の制服の人によって。

「立てるか?」

私は一人で立ち上がろうと試みたが、腰が抜けてしまったのか足に力が入らない。手を借りるのはちょっと恥ずかしい。しどろもどろしていると、その人はんーとかあーとか言って頭をかいた。

「どうした源田」

横から声がして、また見たことある人が現れた。右目に眼帯をした有名な先輩。彼の名を知らない帝国学園生徒はいないと言っても過言ではないだろう。

「佐久間」
「何かあったようだな。ホームがいつもより騒がしい」

佐久間先輩は立てない私に気づき腕を優しく掴んで立たせてくれた。小さな声でお礼を言うと、もう片方も誰かに掴まれた。さっき私を痴漢から助けてくれた、佐久間先輩と同じくらい有名な人。源田先輩は私を見ずに改札口を促すと、ゆっくりと足を前へ踏み出した。


 

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