次の日、どうにも話しかけづらくて、俺は名字の後ろ姿を遠くから眺めてるだけであった。感づいてるはずの佐久間は何も言って来ない、鬼道も気づいてるのか気づいてないのか、ゴーグルの上からでは探ることが出来なかった。昨日、電車を降りる時の名字はどこかおかしかった。いつもは顔を見て会話をするのだが、ドアが開いた時、俺の顔を全く見ずに降りて行ってしまった。逃げるように。会釈もどこかぎこちなかった。電車の中にいた時は普通だったのに、だ。 (…家路を急いでいたのか?) そうだとしたら会釈がぎこちない理由など無いはずだ。それに顔を伏せるのも理由が無い。じゃあ何故?分からなくて瞑想に耽る。 放課後、部室へ向かう為に廊下を歩いていたら、佐久間先輩に呼び止められた。 「昨日源田と帰っただろ?」 胸の音が鼓膜を震わせるくらいに大きく高鳴る。昨日の笑顔を思い出しそうになって、必死に佐久間先輩に集中した。だけど、今の質問にどう答えていいのか分からない。佐久間先輩は私が返事をする前に解釈したみたいだった。 「ふぅん…やるな源田」 「せ、先輩」 にやりと唇に弧を描いた先輩は、私の気持ちを探ろうとしているのか、じろじろと顔を見てくる。それに恥ずかしくなって、俯いて顔を隠した。最近分かって来たのだけど、佐久間先輩はこういうことに関して強い興味を示す性格のようだ。 「何かあったか」 「!」 鋭すぎるよ先輩。内心そう思うが言いたいのをぐっと堪える。言えば先輩の予想を肯定してしまう。でも黙っていても先輩には分かるかもしれない。とりあえず私の口からは言わないようにした。佐久間先輩が超能力者に見えて錯覚してしまう。 「うーん…」 佐久間先輩は、分からないのか小さく唸って顎に手をやった。少し安心する。どうかこのまま去ってくれないだろうか。すると、先輩がとんでもないことを言った。 「気になるか?源田のこと」 突然のことだった。安心で落ち着きを取り戻した心がまた混乱する。例えれば、コーヒーの奥底に沈んでいたミルクを勢いよくかき回すような。コーヒーはそれでカフェオレになるのだ。それじゃあ私はどうだろう? 「…先輩。私の話、聞いてもらってもいいでしょうか」 佐久間先輩の希望で、部活をサボってファミレスに来た。帝国の生徒は殆ど来ない、穴場のレストランなのだそうだ。マネージャーの仕事があると渋った私に、佐久間先輩は責任を請け負ってくれた。何か言われたら俺のせいにしろ、と。 私は昨日の帰り道を事細かに話した。部室で会った時から電車を降りるまで、先輩が色々突っ込んでくるものだから細かく話さざるをえなかった。(源田先輩が人ごみから守ってくれたことは伏せておいた) 「へえ」 先輩はただ一言、メロンソーダをストローで吸い上げながら端的に言いのけた。にやついてるわけでもない。いつもより目を開けて、言うならばきょとん、という効果音が似合う表情をしている。 「そんな感じなんです」 「そうか。……うん」 先輩は立ち上がってドリンクバーへ消えていった。私は軽いため息を吐いて、目の前の烏龍茶の入ったグラスを見つめる。先輩に言ったら何だか気が楽になった。ストレスになってたのかなあ。 先輩が戻ってきて、そのグラスの中身はレモンスカッシュのようだった。ストローで二センチ程飲んで口を離す。 「先輩、炭酸好きなんですか?」 「ん?まぁ。ファミレス来たら大概炭酸しか飲まない」 喉渇かないのかな。氷がカランと音を立てる。先輩は店員を呼び出し、ハンバーグとライスセットを注文した。 「名前は何食べる?」 「えっ?」 メニューを手渡されたので適当にパッと開き、パスタを注文した。店員は恭しく頭を下げて奥へ入った。 「で?どうだった」 先輩の質問がよく分からなくて思わず「何がですか?」と聞き返してしまった。 「昨日」 「あ、えっと、楽しかったですよ」 先輩が私から視線を外さないから緊張してしまう。何を考えているか分からない先輩の瞳。 「…他には?」 何を言わせようと、何を期待してるんだろう。何て言って欲しいんだろう。先輩がすごく歯がゆい態度だ。今思えば、先輩の目は犯人を捕まえた時の刑事のそれと酷似している。 「……何も、無いです?」 「何で疑問系なんだ」 どうやら答え方が違ったらしい。また突っ込まれてしまった。 「今日はありがとうございました。それでは失礼します」 「夜道は気をつけろよ。あと、何かあったらまた言えよ」 「はい!」 名前は頭を下げ小走りに去っていった。名前の後ろ姿を目に映して、深いため息を吐く。 天然じゃないがどこか抜けてる気がする。源田がどれだけの勇気を持って帰宅を誘ったかも、あの様子じゃ分かっていないみたいだ。道は長いな。 (だが) 携帯を開いてアドレス帳を開く。そこには、さっき会った彼女の名前があった。 (脈ありだな) |