きっと可愛い名字なんだろうな、と思う。名字に可愛いも何も無いがそんな気がしてならなくて、授業中も、まるで自分の子供の名前を考えるみたいに思考を張り巡らしていた。子供…か。あの子の子供はきっと可愛い子に違いない、小さな足でよたよたと歩いてきて、「パパ」って

「源田!」

物思いにふけっていたら耳をつんざくように入ってきた、俺の名を呼ぶ声。慌てて前を見ると、教壇にいる先生は無く、おかしいな職員室に忘れ物でも取りに行ったのかとドアを見ると視界の端に探していたものを捉えた。

「廊下に立ってなさい」






授業の終わりを告げるチャイムが鳴るまであと三十分も有る。ずっと立っていたらそのまま木になりそうだ。高二にもなって廊下に立ってろとは恥ずかしい。物理の先生は授業に熱中していて、教室を覗き込んでも全く気づかない。前から二列目に座っている鬼道が俺の視線に感づき振り返ったが、またすぐ前を向いた。前から四列目の佐久間は気がつかないらしく、そうだあいつ物理の授業好きだって前に言ってたな、じゃああいつもあの先生と同じか、黒板以外周りが見えていないのか、誰も見ていない中しめたと口元を緩く上げると、俺は音を立てないように注意を払いながら階段を下りていった。小学校入学以来初めてサボったぞ、これからどこ行こう。






無意識のうちにあの子の教室まで来ていた。本当に無意識で、あの子のクラスか…と廊下に出てる四角い小さなプレートを見、自覚した。一体どこまであの子のことが気になっているんだか、我ながら賞賛を送りたくなる。

「誰だ!」

びくっと肩を大きく揺らして、危うく声が出そうになるが反射的に言葉を呑み込む。あの子の教室からだ。やばいばれたかな、だが先生がドアを開ける気配が無い。そろりとドアまで歩いて行き耳をそばだてると授業は中断することなく続いていた。

(……、現国かよ)

先生が小説を朗読していた。あ、あの先生か、小説読む時いやに上手いってクラスの演劇部の奴らが揶揄してたっけ。俺のクラスの現国の担当教師があの子のクラスも受け持っているなんて、自分とはまるっきり関係ない繋がりだが何だか嬉しかった。

あの子の姿を探してみる。同じ制服が並ぶ中、結構早くに見つけることが出来た。(それも少し嬉しくて頬が緩む)………え、俺と同じクラスだったら隣同士だ、

(やべ、嬉しい)

こんな些細なことで喜べる俺は幸せ者だ。どうして一つ年が離れてるだけでこんなにも遠い存在になるのだろう、そんなことあの子と出会わなければ考えたこともないが、僅か数ヶ月の差が何百と心の距離をつくる。

「じゃあ段落ごとに一人ずつ読んでもらうぞ。早野から後ろにな」

はい、と言ったのが早野という子なのだろう、その声が教科書の文字を一つ一つ滑っていく。早野の声はどこから聞こえるのかと耳を澄ませる、しかしそれが分かった途端背筋が凍りついた。

(…あの子の、前の前だ)

じゃあきっとあの子にも回ってくる、次の次の段落がどうか長い文でありますように。早野が読み終える、「次、瀬田」「はい」え、

どうやら先生は段落ごとに読む生徒の名前を言うらしい、なんとも有り難い先生ルールだ。少し苦手だった現国が無性に勉強したくなって、テスト勉強の時サボりがちだったのを今頭の中で反省した。瀬田が終われば、そう、次だ次だ、あの子の名字がついに分かるのだ。

「そして父は二階へと駆け上がっていった。」

瀬田が読み終え、た。肩をふっと落としたのが分かる。来た、俺の心臓は早鐘、ばくばくと暴れているかのようで口から飛び出しそうだ。

「じゃあこの次を、」








キーンコーンカーンコーン








「…っと終わりか。じゃ次の段落からまた読んでもらうぞ」

俺は既に走り出していた。チャイムが鳴り終わる前に教室に行かないと、


せっかく聞けると思ったあの子の声と、やっと分かると思った名字。恵まれないなと内心嘆き、呼び出しを食らいたくない一心で階段を三段抜かしで飛び上がった。


 

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