放課後、珍しく部活が無くて、帰宅部の友達と一緒に帰ることになった。教室で待っていた友達に声をかけげた箱へ。その時豪炎寺のげた箱をさり気に覗くが、そこには上履きがあった。サッカー部も今日は休みなのかな?などと思案していると、横から友達が「どうしたの?」と顔を覗いてきたので、私は何でもないと答え慌てて靴に履き替える。校舎を出ると、ズバァンととても大きな音がして、びりりと心臓が震えた。友達もびっくりしたようで横顔が冷や汗をかいている。顔を前に戻すと、校庭でサッカー部が練習をしていた。上履きだったのはサッカーシューズに履き替えるからかと納得する。そして大きな音の主は、背番号十番のユニフォームを着た豪炎寺だった。

「豪炎寺だ」
「すごくない?」
「うん」
「どんなシュートしたらあんな音出るんだろうね」
「うん」

適当に返事をすると、私の横で友達はむくれた顔をした。

「ちゃんと聞いてる?」

聞いてなかった。それに返答しなかったのは、豪炎寺の後ろ姿がすごくかっこよく見えたからだ。ボールを蹴る彼が私の心に何かを植え付けたからだ。次々に人を交わしゴール目指して走る豪炎寺に、私は完全に目を奪われていた。友達は私の顔の前で手を振るが、それにも暫し気付けなかった。豪炎寺は雷門のエースストライカーだときいたことがある。エースストライカーというものが何かよく分からなかったけれど、今なら分かると空の自信を持てた。ふと、豪炎寺がこちらを振り返った。

「…わ」
「え、どうしたの?」

完璧目があった。これで豪炎寺と目のあった回数は二回か、いちたすいち、どうでもいい単純計算を頭の中で繰り出す。豪炎寺はすぐに目をそらし仲間と会話していた。

「豪炎寺って」
「ん?」
「や、何でもない」

家路につくことにした。






翌朝、日直だったことを思い出し、朝食もそこそこに家を飛び出した。八時までに職員室に行かないと明日も日直をやらなければいけない。学校に着くと七時五十分だった。職員室まで全速力で駆けていき、日誌を受け取るとあとはのんびりと教室まで歩いた。のんびり歩いたのは切れた息を整える為でもあったけれど。
教室へ行っても、大概誰もいないのが普通だ。八時前に学校に来るのは、挨拶運動をする生徒会と日直の生徒くらいである。ガラガラとドアを開けると、昨日見たあの面立ちが目に入った。

「は、はや」
「!……おはよう」
「あ…おはよう」

窓側の一番後ろの席、そこは昨日私に強烈な印象を残した豪炎寺の席であり、彼は今日日直ではなかった。

「いつも早いの?」
「…あぁ」
「何で?」
「何でって、早起きしてるからだ」
「すごいね」

私の言葉に何も返さずに、再び窓の外に意識をやる豪炎寺。その姿が、なんだか昔の偉人みたいで、私は笑みを零した。笑ったのを悟られないよう少し俯いて自分の席につくと、日誌を広げる。教室に沈黙が訪れた。ペンが紙とこすれる音だけが響く教室は、まだ八時前である。

と、視線を感じた。

(……まただ)

誰が見てるかは分かるのだが。背中にちくちく刺さる視線。何度も何度も、私は嫌悪感を抱くことなく豪炎寺からの視線を浴び続けた。嫌にならなかったのは、きっとそれがからかいや憎悪などの、負の感情からくるものではなかったからだろう。ペンを止める。私は意を決して豪炎寺を見た。
豪炎寺は、私が予想した通り驚いた顔をする。私も驚く。

「前から気になってたんだけどさ」

どうして私を見てくるの?豪炎寺は私に問いかけられると、浮ついた口で言い返してきた。

「いや、別に」

何の理由もなしに何日も私を見るなんて、暇すぎるんじゃないか。きっと何かある。追求してみよう。

「嘘。何か理由があるんでしょ」
「……」
「じゃなかったら、何日も前から授業中や休み時間に見てないもんね」

心外そうだった。豪炎寺がぽつりと漏らした言葉は、「気づいていたのか」。当たり前でしょう、見られている方は結構分かるのよ。

「何で?」
「理由なんか、……」

沈黙再び。時計を見ると、八時二分前だった。そろそろ生徒が教室に入ってくる時間だ。校門辺りが騒がしい気がする。豪炎寺は黙って私から目を逸らした。窓の外は見ずに、床を。私を見てくる理由というのが大変に言いづらいらしい。

「…お前は、嫌じゃなかったのか」
「別に。嫌だなんて一回も思ったことないよ」
「…そうか」

実はな、と固い表情で私と目を合わせる豪炎寺に、少し緊張した。いつになく真剣な顔の豪炎寺が言い切ると同時に教室に友達が入ってきた。顔を真っ赤にして前に向き直る私を見て、友達がまた首を傾げ熱あるの?と尋ねてきた。あるにはある。だけど、これは病気とは違う類の熱でどうしようもないのだ、大丈夫だからと返しながら私は夢中で日誌を書き始めた。






沈黙に耽る
見られていた方が良かった


 

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