※ヒーローになれないの続き 彼女は何でもそつなくこなす。食事は作れるし掃除は出来る、丁寧に拭き掃除もする、洗濯物も洗って干して片付けられるし、…オ、オレの下着もちゃんと洗ってくれる。……興奮してねえっつの! 同棲生活を始めて一年が過ぎようとした頃、名前がオレを避けるようになった。理由は不明。ガゼルにきいても心当たりが無いとかで、嫌われたんじゃないのか?とふざけ半分に言われたが、実際そんな気がしていた。グランとはずっと会えずじまいだし、ウルビダに言ったところで、 「名前がお前を嫌うはずがない!名前ならともかく、お前からのろけ話を聞くなど虫酸が走る!消えろ!」 とか無茶苦茶言われてスペースペンギンでも食らう羽目になる。 誰も理由を知らない。何でオレを避けるのか、本人から直接聞き出すしかなかった。 その日の夜。お風呂から上がって来てリビングで髪を乾かす名前に、オレは単刀直入にきいた。 「名前」 「んー?」 「最近オレを避けてるだろ?」 名前の肩が僅かに強張った。ドライヤーを持つ手が鈍る。 「誰にも理由を言わねえで…。何かあったのか?」 「さ、避けてなんかないよ」 「……」 名前はさっさとドライヤーを片付けて自分の部屋へと行ってしまった。一人残されたオレは、パタンと閉まったドアを見つめる。…絶対避けられてる。 (何かしたかな、オレ) 頭をがしがしと乱暴に掻きながら冷蔵庫を開けコーラを取り出すと、オレは半分程を一気飲みした。 理由はずっと分からずじまいで、名前に避けられてから約一週間が経った。最初の三日間くらいは耐えられたが、もうそろそろ限界。禁断症状として名前の夢まで見るようになってしまった。ここ一週間全く触れていないのだ、出て当然だ。抱きしめたくても避けられる、手を繋ごうとしても避けられる、やっぱりオレって嫌われたのか。ガゼルはいらいらと眉を歪ませオレを見る。オレの弱気な姿に、試合を申し込む気にもなれないみたいだ、とドロルが前に愚痴ってた気が。 「お前は、たかが一週間彼女に触れていないだけでそんなもやしに変わってしまうのか!」 「だって嫌われたのかもしれないんだぜ?名前…触りてえ…」 「気持ち悪い言い方するな!!」 オレのマイナスオーラがガゼルにも移ったらしく、最近チームでの練習に身が入らないとか。全快した時の復讐が怖いが、それは拒否のしようがないだろう。名前は今日の朝も逃げるように家を出てしまった。 「名前…最近朝から出かけてるけど、どこ行ってんだろうな」 「浮気じゃないか」 浮気。 「…浮気?」 「他の男の元へ行ってるんじゃないか?そんな朝から出かけてるのなら」 まさか名前に限ってそんなこと、いやでも有り得なくはない、贔屓目に見なくたって名前は可愛い、男なんて何人いても… 「浮気!?」 「うえっ!?……は、反応が遅い!!」 顔を真っ赤にして怒鳴るガゼルはこの際無視だ、名前が浮気してんだとしたら(オレの中では)大問題だ、怒鳴り散らすガゼルを背に、オレはドアを荒々しく開けた。 家に帰るとソファに名前が座っていた。雑誌を読んでいる。おかえりの返事もそこそこに、オレは名前の顔の横に両手を置いた。 「…ば、バーン?」 「今まで黙ってたけどもう我慢出来ねえ。単刀直入にきく」 オレを避けてるのは浮気してるからか?そう言った途端、名前の顔が大きく歪んだ。 「……やっぱりそうなのか」 「…っ」 「は、はは…。そうなのか…オレだけが名前を好きだったのか」 「!!」 虚しい。心にぽっかりと空洞が出来るとはこのことをいうのかと初めて知った。激昂するかと思ったオレの心は逆に冷めてしまい、意外にもあっさりと名前との別れを受け入れられていた。 「バーン、」 「ごめんな、名前。気づいてやれなくて。これからはもう…別々に暮らそう」 「ちがっ…」 すっ、と体を起こして名前の顔の横から手を引こうとするも、その手を名前に掴まれてしまう。必死な顔の名前に、オレは何も返すことが出来なかった。離してくれ、辛いんだ。が、直後に名前のとった行動が、オレの気持ちを大きく揺さぶることとなった。 「浮気なんかしてないっ…私はバーンが好き!」 あんなにオレを避けていた名前が、自分から抱きついてきたのだ。何が起きてるのか分からず、オレは名前を抱き返すことも出来ず固まる。ついでに思考回路も止まってしまったが、名前の声が脳に響いた。 「避けてたんじゃなくて、ずっと悩んでたの。私たち、もうすぐ一緒に暮らし始めて一年でしょ…?だから記念としてバーンにプレゼントしたくて、それで」 力いっぱい抱きしめた。その先は言わなくても分かっていた。名前が少し涙声になる。 「秘密にしたくて、でも私、隠し事下手だからなるべく会わないようにって思ってバーンのこと避けてたの。ごめんね、ごめんねバーン」 「あぁ。オレこそ浮気だとかで早とちりしてごめんな。名前を疑って…」 名前は胸の中で小さく首を振った。久しぶりにかぐ彼女の柔らかな匂い。オレは体を離すと、名前の顎に指を添えた。何をするのか分かった名前は静かに目を閉じる。ゆっくり重なる唇。少し強く押し付け、互いに温もりを確かめ合う。唇が離れた時、名前の涙は嬉し涙に変わっていた。 「大好き、バーン」 「オレも。大好きだ…名前」 そして再び強く抱きしめあうと、そこに虚しさもぎこちなさもなく、先程まで空っぽだった心は幸せで満たされていた。 ガゼルとの試合を終え、廊下を歩いていたらグランに出くわした。 「やぁ、バーン」 「グラン!お前最近どこ行ってたんだよ」 「いやぁ、ちょっとね」 つくづく分かんねー奴だ。それよりも、そう言ってグランはにこにこというよりはにやにやしてオレに問いかけてきた。 「ウルビダからきいたよ。オレの知らない間に君、すごかったらしいじゃないか。名前に避けられてたんだって?」 「あぁ、昨日解決したけどな」 「そう。オレも見てみたかったな、バーンの弱った姿」 「うるせえな」 グランの横をすり抜けて去っていくオレの姿を、奴はどんな目で見ていたのか、オレが知る由もなかった。 愛し愛されるその先にあるもの 彼女の相談にのってあげてたのはオレなんだけどね。バーンには秘密にしといた方がいいかな |