優しいバーン
※意味不明文






「オレがお前を好きで、お前もオレが好き。それだけでいいんじゃねえの?」

彼女は首を横に振った。ちらちらと時計を気にする癖は、未だ直っちゃいないらしい。

「ガゼルなら気にすんなよ」
「でも、」
「そんなにアイツんとこに行きたいのか?」

彼女が息を呑んだ。彼女にとって、ガゼルとはどのような存在なのか、分かっていた。分かっているからこそ、彼女らの関係を終わりにしたかった。

ガゼルと彼女は、一週間前まで同級生だった。席が隣同士で、同じ委員会をやり、更には係まで一緒だった。そこまで一緒にいれば、自然とお互いは親密な仲になりいつかはくっつく。それが、恋人になるまでの一般的な流れらしいが、宇宙人と人間はどうもそうはいかなかった。ガゼルがオレに「そろそろだな」と言った時、オレの脳内には名前の姿が鮮明に映し出されていた。そろそろとは、地球侵略計画のことだった。制服を脱ぎ捨て、馴染みのある青と黒の五角形に覆われたボールを手にすると、ガゼルは涼野風介の名を捨てた。それが、奴の人間としての最後の時のつもりだった。名前が彼の正体に気づき引き止めに現れる前までは。

名前はガゼルに泣きついた。行かないで行かないでとしきりに繰り返したあと、連れてってと思いを漏らした。ガゼルは目を見開いて拳を小刻みに震わせて口の開閉を何度も繰り返すと、彼女を強く突き放した。背を向け去っていくガゼルは、名前のことが好きだった。名前もガゼルが好きだった。彼女に至ってはガゼルよりも好きという気持ちが大きかった。ガゼルはその日から学校の話をしなくなり、彼女の話もぷっつりと糸が切れたようにしなくなってしまった。彼女がかわいそう、彼女への気持ちはいつしかあわれみから愛しさに変わっていった。オレは名前が好きになった。ガゼルとグランの目を盗んで名前の元へ行くと、彼女は南雲くん?とオレの昔の名前を呼んだ。今はバーンだと言うと、薄く笑って「いい名前」とだけ呟いた。

「オレのところに来ないか?」

とても驚いた顔をした。テレビでオレたちのしていることは知っているだろう。人間にとって許し難いことをしている。でも彼女は、そのテレビを見ながら他人とは違う感情を持ったに違いない。テレビにガゼルの姿が出た時、込み上げる想いで窒素しかけたのだろうか。彼のシュートに、手を叩きたくなっただろうか。

「…南雲くんのところに?」

オレは頷いた。彼女はどこ?と間の抜けた問いをする。ガゼルの元だと言おうか、なんて馬鹿なことを考える。

「オレのチーム、プロミネンスもいるエイリア学園だ」

彼女はすぐにうんとは頷かなかった。親を気にかけている様子はなかった。きっと薄々感づいている。ガゼルの存在がまた彼女の中で大きく頭角を表してきた。言わなくても彼女は賢い、オレのところに来ればガゼルとまた会えることを確信していた。名前はこくり、頷いた。が、瞬時に怯えた表情に変わった。

「でも涼野くんが私を忘れてたら?嫌いだったら?」

忘れてるわけない、嫌いなわけない、だってあいつは試合前にいつも観客席を見渡している。オレはそんなことない、と首を振った。もし仮にそうだったとしても、オレが名前を傷つけない。

「私、南雲くんのこと好きになりそう…っ」

彼女は静かに泣いた。嬉しいはずなのに、心はどこか曇っていた。オレは自分の気持ちを伝えた。彼女は小さくお礼の言葉を述べ、そっとオレの手を握った。その時彼女の左腕の時計に気づいた。

「オレがお前を好きで、お前もオレが好き。それだけでいいんじゃねえの?」

彼女は時計を見た。時間が気になるわけでもなさそうだが、それはオレが学校にいる時からの彼女の癖だった。どんな時にやるのかは知らないが、少なくともそれは、彼女だけがする仕草だった。

「ガゼルなら気にすんなよ」
「でも、」
「そんなにアイツんとこに行きたいのか?」

息を呑んで泣きそうになる名前。胸が張り裂けそうなのはオレも同じ、オレを見て欲しい名前の中にはいつもアイツの影がちらつく。悔しいのと、それでもさっきの彼女の言葉が嬉しいのとが相殺されて、オレの心の中には無の空間が存在していた。
やがて名前は首を横に振った。そして好き、とたった一言漏らすと、オレの背中に腕を回した。こんな始まりの恋愛でも、成就すれば幸せになれるのだろうか。






ちくたく、
彼女の時計の音がする




 

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