恋い焦がれることを人は幸せな気持ちだというけれど、それはどんな時でもそう言えるものなのですか。

ショーウインドーにへばりついて丸々十分が経過した。少しも動きのない私の後ろで呆れたようにため息が吐かれる。私はそこを動かなかった。動きたくなかった。本当に体に電流が流れたように運命を感じたのだ。このブーツ、私に履いて欲しいって言ってる。私は、店内にある同じブーツじゃなくて、このショーウインドーに飾ってあるブーツが欲しいと一途に思った。

「なぁ、まだ?」
「……」

晴矢の問いかけにも返事をしないで、私は蛙のように手を離さない。端から見れば随分おかしい奴だ。早く中へ入って店員さんにくださいと一言言えばいい、が。大事なことがひとつ。そう、学生にとって一番気にするべき箇所ともいえる値段。真っ直ぐブーツを見つめていた視線を下にそろりと落とす。ゼロが四つに、イチが一つ。痺れを切らした晴矢が後ろから覗き込んできて「うわっ、一万もするのかよ」とびっくりした声をあげた。

「あーあ…昨日友達と買い物行くんじゃなかった」
「ブーツに一万もかけるとか勿体ねぇな」

男の子から見ればそう思うのだろう。思わない子もいるだろうが、生憎私の彼氏はそういったタイプではない。それに私もちょっと思い悩んでるのだから、いいんじゃね?とか言われた暁には怒り始めるに決まってる。「欲しいのかよ」うんまぁ。晴矢と私の間を冷たい空気が通る。冗談じゃねぇと引きつる晴矢の口元にたたみかけるように諭した。

「晴矢、この前約束すっぽかしたお詫びをするって言ってたよね」
「お前これは無理だぞ!?昼飯代を出すならともかく、こんなブーツに一万も出せねぇよ」
「うーん」

困ったなぁ。次のバイト代が入るまでに二週間はある。ブーツを諦めるか。いくら運命の出会いといっても、二週間後には気が変わってるかもしれない。そう考えると、店に「これとっといてください」と安易に言うことも出来ない。ガラスから手を離して腕組みをする。晴矢は完全に興味が無さそうだ。「もしさ」「うん?」「このブーツを買う為にこれからデートしないって言ったら怒る?」
怒った。「はぁ!?有り得ねーだろ!何でお前のブーツ買うためにオレが我慢しなくちゃいけねぇんだよ!」じゃこれも駄目か。困った。

「大体、お前靴なら色々持ってんだろ」
「でもこれに一目惚れしたの」
「一目惚れで買うと後々後悔するぞ」

それは一理ある。一目惚れして買ったものにろくなものがないのは、私の今までの経験上納得せざるを得ない事実だ。今回ももしかしたら同じパターンかもしれない。でもだ。でも、このブーツは過去の経験を塗り替えてくれるかもしれない。我ながらアホらしい可能性を信じていると思う。ブーツからずっと目が離せない。ブーツに魔力でもあるんじゃないかと思ってしまうくらい、怖い顔で睨むようにブーツを見つめる。

「店ん中入って予約してくれば?」
「買わないかもしれないから迷ってるの」
「…そういう気持ちがあるんなら買わない方が吉だぜ」

晴矢が手を伸ばしてきた。左手を無理やり繋がれ、それに反応する間もなく、私の足はついにその場から遠ざかり、晴矢の横を歩き出した。唖然とする私に何も言わず、晴矢は人波をぐんぐんかき分けて進んでいく。カップルの繋がれた手の間を強引に突破した時、私はやっと我に返り、止まらない足をそのままに晴矢のパーカーを右手で引っ張った。晴矢から太陽の匂いがする。「晴矢」呼びかけた相手の横顔は、男らしく力強い。

「夕飯、一緒に食べようか」
「おぉ」
「ファミレスにする?フードコート?」
「馬鹿、お前の手料理がいいに決まってんだろ」

「…って言えるのはもっと先な」はにかんだ晴矢の頬は桜色というよりは桜ん坊色で、春の浮かれた街に相応しい気色だった。






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