不意打ちカノン






「クリスマスって結構残酷なイベントだよねぇ」

私のぼんやりした呟きに隣の男は声変わりしていない高い声で答えた。「残酷?クリスマスは楽しいイベントじゃないか」寒空の下、ベンチに腰掛けながら街のイルミネーションを見て笑みをもらしている。全く呑気なものだ。こいつの頭の中にはクリスマスの定義が入っていないらしい。白い息を吐いて、手袋をはめた手をわざと擦り合わせた。

「だってさ、クリスマスって恋人と小さい子供のいる家族の為にあるものだよ?」
「まぁね。それが?」
「もう!カノンは何も分かってない!」

離れたところでは大学生くらいのカップルが仲睦まじく歩いている。すごく羨ましい。「まぁ奇遇だったね。お互い家の中で両親がけんかおっ始めちゃったから外に飛び出して来たなんてさ」しかも、原因はどうでもいいこと。私の親もカノンの親も頭が弱いのだ。こんな特別な日にくだらないことをして、それで私たちの心がねじ曲がって非行をするようになったらどうする。幸い私たちはそんな育ち方はしなかったが。(親にはない賢さだ!)

「名前は知ってる?ツイッターって八十年前にもあったんだよ」
「ふーん」
「クリスマスはもっと前からあったんだ」

クリスマスなんてのは八十年ちょっとの歴史じゃないだろう。この世に恋人がいる限り、クリスマスというものは無限に訪れるのだ。私も来年の今頃は彼氏と一緒にケーキを食べたりプレゼント交換したりなんていう甘いクリスマスを……

「名前にしちゃ乙女な考えだね」
「…は!?」
「顔に書いてあるよ」
「よっ読むな…!」

カノンがちょっとだけ驚いたように目を開けて私から顔を背けた。私もカノンの視線の先を見やる。きらきらしたイルミネーションが街を彩っている。歩く人は皆笑顔で、今日だけハメを外すつもりなのか、そこかしこに抱擁しているカップルがいる。あぁ、憂鬱でたまらない。なんだってクリスマスに他人を僻まなければいけないのか。

「友達はきっと家で家族とクリスマスパーティーしてるんだろうし、家には帰れないし、今年は最悪なクリスマスだ」
「…そうかな」
「そうだよ」

隣のベンチではカップルがお互いに愛を囁きあっている。私の気持ちも露知らず、甘い雰囲気がこちらにまで漂ってくる。私、端から見たらすごく淋しい女じゃない?寒さで体が震えて思わず肩を竦ませた。

「カノンも恋人や家族と過ごせなくてかわいそうだねー」
「……、まぁ」

あのさ、名前。カノンの声と同時に左手に熱がともった。

「カノン…?」

急なことで、私の心臓は動揺に染まった。カノンが私を見つめる。覚えず息を呑んだ。

「オレ…今すっごく幸せなんだ」
「幸せ?」
「うん。最高のクリスマスを過ごしているからさ」

両親がけんかして、嫌気がさして家を飛び出してきたことがカノンの最高のクリスマスなのか。よく分からずにしかめ面でカノンを見る。カノンも、そんな顔色をした私に、徐々に険しい顔になっていった。

「……もしかして意味分かってない?」
「意味?何の?」
「…はぁ」

「それより。手、離してよ」握られた手は私を離さない。カノンはぐっと口を強く閉じて、眉を上げて「離したくない!!」……初めて見た真剣な赤面した表情に、今度は私がどぎまぎする番だった。






重なります




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