プレイボーイマーク
※長いです






ホストファミリーである我が家に、毎年恒例のホームステイ期間がやってきた。今日から二週間、ジャパンからオレと同い年くらいの女の子が我が家に来てアメリカの色々な文化に触れる。何故うちがホストファミリー(しかも女の子限定)となったかと言うと、オレの両親がジャパンの女の子に強い憧れを抱いているからだ。ヤマトナデシコ、と口にして今か今かと空港で待ち構えてる両親は楽しそうだ。
ホームステイに来る子の乗った飛行機が空港に着いた、と母が教えてくれた時、オレは時間を気にしていた。今日はサッカーの練習があり、ディランとした昨日のサッカーの賭けに決着をつけなければいけない日でもある。(ちなみに賭けにはハンバーガーがかかっている)両親にその旨を伝えると、はじめは渋ったがすぐに了承してくれたのでオレは練習に行くことにした。タクシーを呼ぼうか?との問いかけに、オレはノーサンキューと答えて首を横に振る。練習場所まで走れば、いいウォーミングアップになるし、そう遠くない距離だ、自分の足で十分に行ける。サッカーボールを小脇に抱えて空港内を軽く走り、外に出てボールを転がした。そして全力疾走。学校へ行くスタイルはこれだ。






練習を済ませ、昼には解散となった。賭けはディランの勝ち、オレがおごる羽目になった。賭け事になるとディランは強い。この間もホットドックを賭けたらあっさり負けた。「商品がついた賭けには負けないのさ」と自信満々に言い放ったディランは、今日もまた同じセリフを吐いた。
歩きながら家までボールを転がして、ドアの前に立った時、ふとホームステイのことを思い出した。そうだ今日からだった。ノブを回し中に入ると、お母さんの笑い声とお父さんの陽気な声が聞こえた。リビングからだ。ただいまと言ったが、両親にはまるで聞こえていない。仕方ない、まずは手を洗いに洗面所へ向かう。鏡を見ると意外に汗をかいてることに気づき、そのままシャワーを浴びることにして服を脱ぐ。今度はお父さんの笑い声が聞こえた。とても楽しそうだ。ジャパンの女の子は大人しいときいていたから、一緒にサッカーをやるのは諦めるか。教えれば出来ないことは無いが、果たしてやってくれるだろうか。無理じゃないか。






夕食に呼ばれリビングに向かうと、オレの椅子に女の子が座っていた。黒い髪の毛に思わず見とれる。お父さんがオレに座るよう促し、オレは女の子の隣に座った。すると女の子は立ち上がって向かい側の両親の方へ行き、彼らの背後に立って遠慮がちにオレを見た。

「マーク。今日から二週間、私たちと一緒に暮らすのよ」
「彼女は少しシャイだから、マーク、お前から自己紹介しなさい」

スプーンを置いて、オレは彼女と視線を交えた。瞳の奥に少し臆病がちらついているのが分かる。ジャパンでいう謙虚ってこういうことなのか。オレはなるべく簡単なワードを使って自己紹介を済ませた。すると彼女が、とても流暢な英語で話し始めたので、オレはかなり驚いた。今までのホームステイにこんなことはなかった。みんな片言で、こちらが向こうに合わせて簡単なワードを並べ会話をする、それがホームステイの当たり前だと思っていたのに、彼女は「私、小学校に入る前までイギリスにいたので、英語は大体話せるんです」と最後をしめた。すぐに両親と打ち解け、夕食はいつもより賑やかだった。(オレとも気楽な仲になった)彼女の腕の白さに彼らはさらにびっくりして、彼女はなんだか得意気だった。両親はついこの間旅行に行って焼けたのだ。その旨を彼女に伝えると、綺麗な英語で「I see.」と返され笑顔を送られた。何故だか嬉しい気持ちになる。ヤマトナデシコって一体ジャパンの何を指すのか、オレはこの時迷子になった。






彼女が来た翌日、庭でサッカーボールを蹴っていたら、ドア付近に彼女が立っているのが見えた。

「何か用か?」

昨日の英語のレベルをみる限りでは、彼女にあまりそういう気を遣わなくてよさそうなので、いつもの(ジャパンにとっては速いのかな)英語でそう問いかけてみた。

「サッカー好きなの」

そうとだけ返ってきた。意識無しに口笛を吹く。これはディランの真似で、出来ないことを馬鹿にされたから練習して身につけたものだ。彼女はオレの側まで歩いてきて、足元のボールを見つめた。

「もしかして、やりたいのか?」
「うん、もう四年前から触ってないけど」

彼女はオレから五メートル程距離を取って、空に上げた両手を左右に振って合図をした。

それから、練習の無い日は庭でボールを蹴り合う日々が続いた。名前はオレより下手だったが、チームの仲間とやるよりずっと楽しかった。練習をさぼろうとしたことさえある。しかし失敗した。
せっかくオレの家に来たのだからと、オレの所属しているチームの練習に誘うが、名前は首を横に振って、「私、人見知りするから」と、両親と買い物へ出かけてしまう。ある日、またもそう返されて、一度でいいから見にきて欲しいと思った時、オレは自分の中の気持ちに気がついた。好きなんだ。名前のことが。見にきて欲しいと思うのは、自分のかっこいい姿を見せたいからだ。彼女がジャパンに帰るまで残りあと四日、タイムリミットは刻々と迫っている。






「名前」

夕食が終わって就寝までの時間に、オレは名前の部屋を訪れた。ノックすると返事があったので、ノブを回し中へ入る。名前はベッドに座り、風呂に入って濡れた髪をタオルで丁寧に拭き取っていた。ヤマトナデシコ、

「どうしたのマーク?」
「あのさ、名前は恋人いるのか?」
「え?」

名前のブラウンがかった黒い瞳がオレの顔を覗き見る。何を言われたのか分からない様子で、オレの言葉をゆっくり咀嚼しているようだ。やがて口を開くと、それははっきりとした否定の言葉だった。

「いないよ。どうしてそんなこときくの?」
「オレ、名前が好きなんだ」

ストレートに言いのけた。名前の顔は真っ赤に染まったけど、オレの顔はいつもと変わらない色。何を恥ずかしがることがある?好きだから愛を伝える。そこに異質なものは見つからない。

「名前は?どうおもってる?」
「わ、私は…分からない」

名前の返事は、ジャパニーズ特有の曖昧さを帯びていた。オレの体は自然に名前に近づいていて、気がつくと頬に手をやってベッドに片足を乗せていた。

「マーク!?」
「分からない?どういうこと?」
「お願い、離れて」
「君が返事をくれるまで離れない」
「……私、この二週間の中でしかマークを知らない。だから、マークが好きなのか分からないよ」
「そう。…返事は望めないってこと?」
「……そうだね」

あと四日。離れるまであと四日あるのに、もう恋は終わってしまった。オレは小さな声で分かったと言い、おやすみと伝えて名前の部屋をあとにした。自室に戻ってから、オレは名前と過ごしたこの十日間を思い唇を噛み締め、思い出に浸りながら鬱になった。






行くか行かないか考えて、結局空港に見送りに行った。名前とはあの告白のあとも普通にしゃべったが、オレとしてはどこか引っかかって仕方なかった。両親は涙を拭くこともせず、しきりに別れを惜しむ言葉をぽつりぽつりと口にし、名前と抱き合っていた。名前は嬉しそうで、目が少し潤っていた。オレは不思議と泣かなかった。心の中はぐちゃぐちゃになって張り裂けそうだったが。アナウンスが流れ、名前の乗る飛行機の案内がされた。オレは両親を宥め名前から離す。

「それでは、ありがとうございました。本当にお世話になりました」
「手紙書くわね、必ず」
「はい!」

ホストファミリーから手紙を送るのは珍しい。お母さんが、オレを名前の前に出し、耳元で囁いた。「マークも、しっかりお別れしなさい」
今更改まった挨拶をするのも、とためらったが、この出会いは、高い確率でたった一度の出会いなのだ。ぎこちなくとも、挨拶はしておきたい。

「名前、君と過ごした二週間はとても楽しかった。ありがとう」
「私こそ、ありがとう。サッカー楽しかった」

それだけだった。名前の乗った飛行機が空に消えていった時、僅かの自責の念に苛まれる。落ち込んで見えたのか、お父さんがオレの肩に手を回し自分の方に引き寄せた。名前のことも、こんな風にしてあげたかった。






家に帰ると、家族が二、三人いなくなったみたいに静まり返っていた。名前の部屋は後日片付けるらしく、まだシーツやミニテーブルが置いてあった。そのミニテーブルに何か乗っている。部屋に入りそれを確認すると、それは手紙だった。マークへ、と滑らかな筆記体で書いてある辺りが名前の性格を物語っている。


マークへ

きっと空港では話せないと思うから、手紙に残しておくね。私の本当の気持ち。四日前の告白、実はとても嬉しかった。

私もマークが好きだった。


そこまで読んでオレは驚愕した。名前もオレが好きで、本当は両想いだったのだ。それでは何故あんな返事をしたのか。後の文には、それについての謝罪が連なっていた。


だけど、まさかマークも私が好きだとは思わなくて、部屋に来ていきなり告白された時は動揺しちゃったの。マークが私の頬に触れた時、恥ずかしくて泣きそうだった。マークに返事を迫られた時、あんな言葉を返してしまったこと、今はすごく後悔してる。

でもね、マーク。私、日本に帰ってから沢山勉強して、大学生になったらアメリカに留学したいと思ってる。もっとマークと一緒にいたい。マークが良ければ、私のこと待っていて欲しい。大学まで長いけど、私はずっとマークのこと好きでいられる自信がある。もしマークが別の人と付き合うのなら、私に言ってね。そうなった時はちゃんとマークのこと諦めるから。

返事は欲しいな。身勝手でごめん。マークだって、あの時私から答えをもらいたかったはずなのに、私からは何も言えなかった。それは本当に申し訳なく思う。ごめんね。


そこで手紙は終わっていた。しばらく何も考えずその場に直立不動していると、一階からオレを呼ぶ声が聞こえ、我に返る。そして素早く階下へ行くと、何かを言いかけるお母さんに封筒と便箋をくれるよう頼んだ。
オレも待ってる。待ってるから、どうかこの手紙が早く君の元に届きますように。


ありがとう。






透明な恋心


 

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