memory of spring | ナノ



「……見つけた!」

暗くなってからの方が動きやすかった。ちょっと遠くで人が歩いていても分からない。でも近くに人がいては行動出来ないから、その点には細心の注意をはらった。そしてナビに従って目的地を探すこと二十分。やはりナビは不調のようで、予定の時間を大きく上回っていた。この辺で一番高級そうなマンションだ。やはり調べていた通りのところだ。
正面から入るのは危険すぎるので(監視カメラ諸々含む)、裏口から入ろうと思ったが当然のごとくセキュリティー対策が施してある。ポケットを漁り、あらかじめ未来で作っておいたマンションの鍵を手に取る。中のピロティーに誰もいないことを確認する。よし。小さく深呼吸をし、鍵を差し込んだ。

「……あれ?」

回らない。どんなに強く押しこんで回しても、鍵はびくともせずにそこに差されたままだ。「おかしいな、回るはずなのに」いくらやっても回らない、すると微かに車の入ってくる音がした。

(やばい!)

裏口のあるこの場所は駐車場とほぼ一体になっていて、車を止めたマンションの住人がこの裏口から入ることの出来るシステムになっている。車が来たということは、ライトで自分の姿がはっきり映し出される危険性がある。そうなれば色々まずいことになる。第一、自分はタイムスリップしてここにやって来たんだ。この時代の人間でなければ、このマンションに住んでいる人間でもない。エンジン音が近づいてくる。心臓はそれに呼応したように音を鳴らす。このままでは、自分の姿が見られてしまう。ブオオ、と向こうの角にライトが視認出来た時だった。

「右手に壁伝いに設置されたゴミ置き場があります」

(――!)それはナビの音声だった。言われた通りに右を見る。薄ぼんやりとした闇の中で、網目が見えた。

「しめた!」

あまり音を立てないよう、燃えるゴミの網かごの上に優しく足を置いた。そして目の前の壁に手をかけて、勢いをつけて飛び越える。上手く階段に降り立ち、誰もいないことを再度確認して深く安堵した。侵入成功。ポケットの中から小さく折り畳んだマンションの地図を取り出し、監視カメラの位置を確認する。よし。作戦通りにやってやる。さっき使った鍵をしまおうとすると、あることに気がついた。……これ、オレの家の鍵じゃん。






「管理人さんじゃないですか」

家の前にいたのはこのマンションの管理人さんだった。管理人さんは私の姿を見て、ああ、と安心したような表情になる。それから私の手に持っているビニール袋を見て、どこに行ってきたのか理解したらしい、行き先は訊いてこなかった。

「どうしたんですか」
「今、ちょうど回覧板をね、届けに来たんだよ」
「ああ、ありがとうございます」

私の家はちょっと他の家から離れている。もう一部屋あったのを買い取って、壁を壊し中をくり抜いてリフォームしたので、家の中が広い造りになっているのだ。よく管理人さんは反対しなかったなあと思うが、多分父が多めに家賃を払うことで円満に解決しているのだ。管理人さんは私に掲示板を渡し、「両親、海外に出張してるんでしょ?」と声をひそめて言った。

「はい。来月まで帰って来ないみたいです」
「そうか。それは大変だね…。何かあったら私を頼ってね」
「はい、ありがとうございます」

管理人さんの奥さんはおっとりしていて、この前掲示板を回しにうちに来たことがある。穏やかな口調でとても優しそうだった。いい人だなと思っていたけど、夫である管理人さんもあのような人だったら、彼の奥さんがいい人なのも何だか納得出来る。

鍵を開けて中へ入る。リビングの明かりは変わらずついていた。廊下の電気をつけて玄関の鍵を上下どちらもしめる。もう出かける予定もないし、あとはリビングでテレビでも見ながら夜ごはんを食べるかな。そう考えてリビングに足を踏み入れた瞬間だった。

「……え?」

窓の外、ベランダに誰かがいる。背は私より低かったが、私は凍りついた。泥棒?殺人犯?幽霊?どれも最悪な選択肢だ。ビニール袋と財布をその場に落とし、力の限り私は叫んだ。

「キャアアアア!!」


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