memory of spring | ナノ



冷たい床に、慣れ親しんだスニーカーを乗せ少年は真剣な面持ちで博士を見ていた。

「…準備は出来ていますね」

博士の静かな声に、礼儀良く返事をした少年。名前を円堂カノンといい、つい先日大きな「試合」を終えたばかりの中学生だ。カノンに背を向けてパソコンを操作している男はエルゼス・キラード博士である。両手を器用に使い、いくつものパソコンを扱うキラードは、カノンと同じ表情をしていた。

「本当に一人で大丈夫ですか?」

キラードの心配そうな声が一室に響き渡る。

「大丈夫です。キラード博士だって、この前の試合で奴らのデータがとれたと言ってたじゃないですか」
「データはとれても、それへの対応力がまだ不十分です。カノン、君はまだあの特訓を完全にクリアしていないでしょう」

厳しい声で咎められ、カノンは若干声を詰まらせる。キラードの言う通りであった。「本当はクリアしてから向かわせたいのですが、何しろ時間がありません」手を休めず背中越しにキラードは告げる。

「前回と同じ、失敗は許されません。今回はあなたのひいじいさんに力を借りることも出来ません。君一人でやるのですよ」

それがどれ程難しい任務かはお互い了解している。だからこそ、二人の間を流れる空気は重く沈んでいる。数分にわたる沈黙は、パソコンが発した機械音によってその世界を閉じられた。

「こちらも準備が出来ました。それでは早速始めます」

辺りに鈍い音が広がり、カノンに光が集められていく。キラードは席を立ち、振り返ってカノンを見た。

「期限は一週間。失敗は絶対に許されません。あなたが過去を、未来を守るのですよ。カノン、無事を祈ってます」
「はい、キラード博士!必ず守ってみせます!」

まばゆい光が一気にはじけて、カノンはその場から姿を消した。後ろに手を組み、キラードは不安げな表情で頭上を見るが、そこでは鉛色の人工物が外界と自分とを遮断していて、空が望めることはなかった。






春休みに入る直前、私の恋は儚く散った。半年間片想いしていた隣のクラスの高野くんに告白した昨日、彼の返事は「ごめん。オレ、彼女いるんだ」諦めざるを得ない答えだった。
生まれて初めての恋、初恋。初恋は叶わない(実らない、だっけ?)と俗に言われるが、私は異論を立てることが出来なくなってしまった。私だけはそんなことないと友達に豪語していたのが非常に恥ずかしい。それでもこの傷心を慰めてもらいたくて、友達の中で一番優しい子にメールした。しばらくすると電話がかかってきて、通話ボタンを押して相手の声を聞いた瞬間涙が溢れた。

「秋〜!私、今日告白したんだけど、ふられちゃった…」
「ええっ!?あなたたち仲良かったじゃない」
「彼女…いるんだって」

フォローに困る秋の顔が電話越しに見える。秋もつらいだろう、あんなに応援してくれてたんだから。すごく申し訳ない。

「秋、ごめんね…」

「何で謝るのよ〜」秋のおどけた声が身に沁みる。「応援してくれたのに…」「いいのよ、別に」

「すごく…好きだったの」

秋の返答はなかった。秋は私のこの想いの深さを知っている。半年間ずっと目で追って、帰り道友達とふざけながら帰る高野くんを、教室の窓から毎日眺めていた。会話せずとも、休み時間は用もないのに隣のクラスに行って、談笑している彼の声をきいていた。友達から彼の趣味などもきいた。好きになって半年、ついに話しかける機会に恵まれ、それから彼とは冗談を言い合える仲にまで発展した。たまに友達を含めて大人数で弁当を食べることもあった。おかずを交換し合った。人生の中で一番楽しい瞬間だった。彼は私の生きる原動力だったのだ。

「でも、名前は高野くんの彼女を恨んだり恋仲を邪魔しようとしたりするの?」
「……しない。高野くんの彼女だもの、高野くんが悲しむようなことはしたくない」
「…そうよね」

名前らしいわ、それでこそ名前よね。秋は一貫して柔和な声だった。五時を知らせる音(ね)が町に響き渡り、町はだんだんと夜の気配に包まれていった。


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