「なっ夏彦おお!」

翌日の昼休み、カップラーメンを啜りながらバンダナに隠した暗い目をじろりとこちらに寄越して、夏彦は耳を傾けてくれた。しかし少し苛立った様子だ。テレビから漏れる笑い声が、私と夏彦の間の沈黙を闊歩する。「んだよ」夏彦は面倒くさそうに答えた。

「昨日変な子に会ってね…」
「ふーん」
「え、興味ないの?」
「ねえよ」

酷い!非難するような声でそう言えば、夏彦はより一層眉間に皺を寄せる。まるで「今テレビ見てたんだから邪魔するな」とでも言い出しそうな顔だ。バイト仲間でたった一人の同年代なのに…!素っ気ない!と叱ってやりたかった。

「その子ね、スーパーに来たことが無いって言ったんだよ」
「おい、興味ねえって言っ」
「スーパーだよ?来たこと無いって、むしろそれが無いよね!?有り得ないよね!?おまけに、肉は和牛じゃなきゃ買わないなんて言ってさあ」
「……」
「品があったからお金持ちなんだろうけど」

何故そんな子がこんな都会でもないところのスーパーに来たんだろうか。見たところ、どうやら中学生であるし、この町にも住んでいないみたいだ。このスーパーを知らないといった表情だったのである。ますます謎は深まる。夏彦は死んだ魚の目で私を見ていた。






「こんにちは、お姉さん」

夕方になると、主婦の姿が多々見受けられるようになり、家族連れなんかも増えてくる。老夫婦もよく視界に映る中で、明らか異質な存在であった。和牛の子(私はそう呼ぶことにした)が私に話しかけてきた時、私は精肉食品の売り場で値下げシールを貼っていた。

「い、いらっしゃいませ」
「へえ、今日は半額になるのか。霜降りを買いに来たんだけど、どうしようかな…」

霜降り。また和牛だ。一昨日は松坂牛だった。どちらにせよお金持ちの買う肉の種類だ。

「あの」

「ん?」和牛の子は半額の肉と霜降りを交互に見ている。

「どこから来たんですか?」

和牛の子は顔を上げた。しまった。私がしまったと思ったのは、敬語が徹底されていなかったことだけではない。ただの客である男の子に不躾な問いかけをして、相手に不審がられてしまうのではと危惧したのだ。初めは気付かなかったが、和牛の子の目は綺麗なエメラルドグリーンだった。
私はすぐに、その場を取り繕わねばという気持ちに駆られた。ここで会話が終了してしまうのも気まずい。笑顔を作った。

「あ、いえ、今のは気にしないでください。変なこと言ってすみません」
「気にしてないよ。ただ」

和牛の子は目を伏せた。

「その質問には答えられないかな」






「おかしいと思わない?」

「もういいよお前…」顔も見ずに言われた。夏彦は昨日部活の試合があったらしく、バイトには来なかった。私の通う高校とは真逆の位置にある高校に通う夏彦。ちなみに偏差値は私の方が高い。だけど夏彦は頭がいいので(部活の為に行ったと聞いた)、私よりも勉強が出来る。そこが悔しいのだが。「良くない!」私は声を少し大きくした。夏彦は適当にあしらってくる。ああむかつくな。真面目に聞いてくれたっていいのに。

「そもそもよ、向こうは客なんだろ?何でお前に話しかけてくんだよ。そこは気になんねーの?」
「うーん、まあ……別に」
「お前おかしい」

普通、ここに来るたび特定の店員に話しかけるなんてそうそう無いだろ。夏彦の言葉は正論だった。もしかして、偶然なのかもしれない。たまたま目指しているものの先に私がいるってだけで、意識など皆無ではないか?おかしいところはない。私が納得した声で返答すると、夏彦は休憩室を出て行った。

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