風邪を引いてしまった。夏に風邪を引くなんて、夏彦には絶対言いたくなかったけれどシフトの関係でやむなく教えなければいけなかった。馬鹿にされ笑い者にされるのは目に見えている。

散々メールでからかわれ、何を言おうにも馬鹿の文字の前に言えることなどなく、夏彦にシフト代行をお願いしてベッドに潜った。
勿論学校もお休みだ。今日の体育はプールでとても泳がされるそうだったから、休むことが出来てラッキーだったかもしれない。冷えピタが額の熱を奪っていく。これ以上熱が上がると私はきっと爆発する。じっとしていると、色んな物事が頭の中をぐるぐるした。






年に釣り合わない柔らかな物腰が、年上のはずの自分より様になっていて腹が煮える。
奴にそこまでむかついているわけじゃない。だけど、それだけじゃなくて、なんだか中身を全て見透かされているような、そんな視線がたまらなく嫌なのだ。

「へえ。名前はお休みなんだ」
「夏風邪引いたんだとよ。別に、買い物に来ただけならあいつがいようがいまいが関係ねえだろ」
「うーん、そうだね」

そこはあっさり認めるのか。よく分からない。
野菜売り場で作業をしていたら現れた。ダウンを着ているのに、やはり汗水一つもかいていない。もはや不思議を通り越しておかしい。血色が良くないのが何か関係しているのだろうか。実はすごい病気を患っているとか。

「風邪……」
「ん?なんだよ」
「いや…風邪ってなんだろうなって」
「…は?」

オレは目を見開いて基山を見た。風邪が何か?なんだその質問。それともオレが聞き間違えたのか。こちらに答えを催促するような目つきで見上げてくる。「風邪って…知らねえのか?」すると奴は見上げていた目を少し揺らした。ごもごもと口の中で言葉を言いあぐねている。なんだこの反応。

「あぁ、違うんだ。いや…あの、風邪にかかったことなくて」

それはすごい。

「鼻風邪も熱風邪もないのか?」
「うん」
「へぇ、珍しいな」

顔色に似合わず体は人一倍丈夫らしい。誰でも一度はあるようなものだと思ったが、そういうわけでもないのか。いや、ただ単にこいつが希有なだけだろう。

「そんだけ厚着してりゃ、風邪は引きそうにねえな」

夏にダウンの格好は今まで生きてきた中でこいつ以外見た事がない。基山の体感温度は一体どうなっているんだ、話してくれそうには見えない。案の定、意味ありげな笑みを残して、立ち去った。






目を覚ました時の感覚として、熱は引いているみたいだった。枕元の体温計を脇に挟んで、コップに残っていた温い水を一気にあおる。
携帯がちかちかと受信を知らせている。今はちょうどバイトが終わった頃だ。メールは二件、どちらも夏彦からだ。

『今度アイスおごれよ。あと今日ヒロト来た』

おごれよと言う割に、夏彦は贅沢や我が儘はしない。でも安い棒アイスはやめてあげよう。そして二文目をじっと見つめる。そうか、ヒロトくんが来たのか。最近会ってない気がするなぁと思ったが、昨日はバイトがなかったし今日は風邪を引いてしまっている。それに一昨日はヒロトくんは来なかった。
今日熱が引いているから、明後日のバイトはもう大丈夫だろう。分かった、と送ろうとしてもう一件メールが来ていたことに気づく。これも夏彦からだから、二件分まとめて返信しようとして開いた、その瞬間。書かれた文面に凍りついた。






熱が引いて二日後、いつも通りバイトに行きシフトを確認すると、今日は夏彦は休みのようだった。訊きたいことがあったのにと、肩を落とす。一昨日は衝撃を受けすぎて何も返信することが出来なかった。次に会うのは三日後、特売日の夕方からだ。
彼は今日も来るのだろうか。期待と不安をないまぜにした複雑な気持ちを抱えてタイムカードを切る。来たところで以前のように持ち場を離れることは出来ないから、あまり会話は望めそうにない。今日はレジ担当なのだ。この間のように夏彦が近くを通ったとしても、同じことはやってはいけない。クレームに繋がりかねないからだ。

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