夕方、学校が終わってバイトに行くと、休憩室で死んだように眠っている名前を見た。こいつは今日フルタイムで働いてんだよな。疲れてるのか。幸い明日は土曜日だし、フルだから休憩も少し多めに…

「……待ってたよお夏彦!!」
「わあっ!!」

「わあっ!!だって、夏彦がわあっ!!だって」いししと笑う名前に殺意がわく。いいかな、ちょっとやっちゃっても。「寝てんじゃなかったのかよ…」「まさか。休憩通り越して寝ちゃうよ。それより聞いてよ!」来た。シフト表を見る振りをして名前に背を向ける。今度は何だ。






「かつおぶしってどこに売ってますか」

この時間帯ではあまり聞かない声のトーンにすぐさま振り返った。オレンジ色のダウンを着た、赤い髪の(恐らく中学生)男。怪訝な顔をしたいところだったが、今のオレはスーパーの店員。これも仕事だ。

「かつおぶしでしたら、味噌やだしの売り場にあります」
「場所が分からないのですが、案内してくれますか」

自分で探せ、とは言えない。口元に微笑を貼り付け、かしこましました。マニュアル通りの反応をして、ダウンの男の前を進んだ。






行き交う客にいらっしゃいませを連呼しながら、やがて目当ての棚の前に来た。

「こちらです」
「…ああ、なんだ。この棚か」

雰囲気をどこかおかしいと感じながら、素直なその反応にオレは何故か安心感を得た。普通の中学生。親に買い物を頼まれたのだろう。中学生の手に持たれた買い物カゴが、現実を強固に示していた。三種類並ぶかつおぶしの中で、一番高いものを選ぶと、中学生はしゃがんでいた姿勢を元の通りに正した。すいません、それでは。そこで軽く礼。オレはマニュアルをこなす。

「待ってよ」

足が止まった。「まだ何か?」少々無礼な言葉になってしまった、しかし相手は中学生。そんなに恐縮することもない。こういう姿勢でいるからチーフに怒られるんだよな。少し反省。

「君、名前と仲いいよね?」

はい?まさかそんな質問をされるとは。オレの知る中で名前というと、休憩室でだらけていたあいつしかいない。「…ただのバイト仲間ですけど」男はさらに続ける。「本当に?」疑い深い性格のようだ。あいつの弟か?随分似てねえ姉弟…

「名前から聞いてない?高い肉を買っていく中学生によく話しかけられる、って」
「!」

名前こそ知らないが、あいつの言っていた男と一致する。こいつが?

「…あなたが……」
「オレのこと知ってるの?名前って案外おしゃべりなんだね。でも、思った通りだ」

なれなれしい態度に急にむかついてくる。中学生に敬語を使ってる自分が馬鹿みたいだ。そんなオレを見てなのか、ヒロトという男は不審な笑みを口元に作って言った。「別に店員だからってそんなかしこまった態度しなくていいよ。言いたいことあるようだしさ」それじゃあ言わせてもらおう。

「年上慣れしてるようだけど、あんた本当に中学生?」
「そうだけど。どっからどう見ても中学生にしか見えないでしょ」
「オレにはそうは見えないけど」

こいつは笑う。人を小馬鹿にした笑い方だ。(これで第一印象が決まった。こいつ気に入らねえ)余裕のある態度が非常に腹立たしい。ヒロトは、そんなこと歯牙にもかけないというように表情を崩さない。大人しい印象とは逆に気味が悪い。今更周りを見て分かったことだが、オレとヒロト以外客を見かけない気がする。ここが隅だからか。

「君に言いたいことは一つだけなんだけど。いいかな?」
「…何だよ」

「名前にあまり近づかないでね」柔らかい物腰だが力がこもっている。これはまた意外なことを言われたものだ。近づくなって、「まるで彼氏みたいだって言いたいんでしょ?」心を見透かされたようで一瞬動きが止まり頭が冷える。こいつ…。

「お前何なんだよ」

純粋に思ったことを口にした。さっきから感じていたことだが、オレとこいつの間には違う空気が流れている。こう、生きている世界が違うというか…。ヒロトは一瞬考える素振りをして、その手をポケットに突っ込んだ。

「熱波くんと同じ、ただのつまらない人間だよ」






「お前さ」セール品を片づけながら、隣で台車を押してオレを手伝っている名前に話しかけてみる。こいつは何も知らない(何、とはオレの今の心境である)顔で言葉も言わず、代わりに首を傾げた。

「あまり客と仲良くしない方がいいぞ」

「ヒロトくんにあったの!?」目をきらきらさせてオレの目を見るこいつは、変なところ鋭い着眼点の持ち主だ。何故目がきらきらしているかは、あえて触れないでおく。

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