※大学生照美






「新婚さんですか?」

言われてカッと顔が熱くなった。慌てて否定すると、女の店員さんはくすくす笑って私を見る。
端からみればそうなのかもしれない。若い男女で旅行に行くとなればカップルか新婚だろう。ましてや年も二十二、大学生生活最後に楽しい思い出を作ろうと提案した彼は今はここにいない。彼は就活中だ。

「ご宿泊は何泊ですか?」

はじめ私は反対したのだ、「まだ内定ももらってないのに怠けちゃ駄目だよ」と。私は既に内定をもらっていたのでまだ良かったが、彼はもう二十社受けていい返事がもらえていない。あっという間に卒業が来てしまうというのに、旅行を提案してきたのは彼だから謎だ。ついそこで、職の無い人間とは将来が望めない、と漏らしてしまって空気が冷えてしまったが。彼は怒っている様子は無い。

「一泊二日で」






予約してきた旨を彼に伝えると、電話越しに至極満足そうだった。そっちは、と訊けば言葉が返ってこない。

「一泊二日だよ」
「え!何で」
「だって照美まだ内定もらってないでしょ?」

咎める口調になりつい語尾が上がってしまった、照美は謝った。そんなつもりはなかった。私も謝ると、小さくありがとうと聞こえた。予約のことだろう。ふと時計を見ると二時だった。

「じゃあ切るね。また明日」
「あ、うん。ねえ名前」

携帯を耳から離そうとした瞬間、私の名前を呼んだ彼に気づけずそのまま切ってしまった。電話を終えた途端睡魔が襲ってきて、布団もかけず眠りについた。






次の日照美はキャンパス内で会っても会話をしてくれなかった。何を言っても目も合わせてくれない、ましてや私が近づくとスタスタとどこかへ行ってしまう。つまり避けられている。電話のことを知らなかった私はただおろおろするばかり。何かしたかな、と色々疑る。こんな状態で旅行なんか行けるのか。彼が旅行に行きたい理由が早くも潰えそうだ。その日の夜、私は意を決して照美に電話をかけた。三回コールが鳴って私は諦めた。照美はいつも三回鳴る前に電話に出る。それがないというのは、知ってて出ない時だけだ。暗いため息をついて電源ボタンを押した。そのまま長押ししてしまって画面が真っ暗になる。もう一度電源ボタンを長押ししようとして、やめた、このまま寝てしまおう。ベッドに入って瞼を閉じて朝まで眠ったが、疲れは取れていないように思えた。






辛い思いをするのは嫌だからと、私も照美を避けた。それで彼は何も言ってこないから、私から何か言うつもりはなかった。そうして刻々と月日は経つ。旅行を一週間前に控えた時、さすがにまずいと思って焦り始めた。私だけが焦っても仕方ないのだが、彼に焦ってくださいとは言えない。いっそのことキャンセルしてしまうか。でもキャンセル料がかかる。それに照美と一緒に旅行行きたい。その時旅行を楽しみにしている自分に気づいた。彼はもう旅行なんか行きたくないと思っているだろうか。そんなことを悶々と考えて五日が過ぎた頃である。
インターホンが鳴った。こんな夜遅くに配達は来ない。誰だろう。玄関まで歩いて行き、そろりと覗き窓に目を当てる。驚愕した。

「照美!?」

ドアを開けて呆気にとられた。何故彼が。照美は短く挨拶をすると、ふわりと笑ってカバンのチャックを開けた。そこから一枚の紙を出すと私の顔の前に堂々と掲げてみせた。

「…え……」

その紙は、以前私がもらったある紙に似ていた。

「内定、もらえたんだ」

心臓が体中を跳ねるかのごとく動きを激しくする。小さく震える手で照美の手から紙を取ると、すぐにその紙をひったくられて彼に包まれた。

「おめ、でとう、照美」
「泣いてるのかい?」
「だ、って、嬉、しくて」
「ありがとう。それとごめんね」

どうにかして部屋まで行ってソファに座る。照美の謝罪の言葉は、私を不安にさせ悲しませた行動についてだった。彼の話によると、避けたのは就活に本気で集中する為。

「本気でっていったら語弊があるんだけど」

私との交流を一切遮断することで、就活に専念する。内定がもらえたら私に真っ先に報告して謝るつもりだったらしい。旅行は自分へのタイムリミット。私の髪を梳いてその手を頬に押し当て、彼はもう一度謝った。そんなの、言ってくれないと分からない。怒ったように言っても、彼は「拗ねないでよ」といつもの調子だった。私は照美から視線を外し前を向いた。

「良かった」
「何が?」
「旅行行けなくなるかと思った」

彼は驚いていた。

「最初は反対してたのに」
「でも、照美と行きたかったから」
「うん、僕も。旅行があったから頑張れた」

予約しに行った時のことを思い出す。一泊二日じゃなくて三泊くらいにしておけば良かったかな。あの時対応してくれた店員さんの顔が浮かんできて、いらないことまで思い出してしまった。

「!」
「どうしたの?」
「な、何でもない!!」
「…何を隠してるの。言わないと朝まで寝かせないよ」
「え!?」

顔の温度を自覚しながら、ぼそりと呟くと、すごく小さな声だったのに照美に聞こえたようだ、「それもいいかもね」と言われた。
「新婚さんですか?」周りから見ればそう見えるだろう私たちは、明後日二人で旅行へ行く。






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