生まれて初めて消えたいと思った。たんこぶよ、お前だけ消えてくれないか。そう言って消えてくれたらどんなにいいだろう。

「名前?」

その声を合図に私は全速力で駆け出した。俯いて、でも人にぶつからないよう目はしっかり前を向いていて、今正面から誰かに見られたら恥ずかしくて死ねるみたいな顔をして猛スピード。周りが私を自然に避けてくれるのが不幸中の幸いとでも言うべきか、下駄箱に着くと今までにない機敏さで靴を履き替え校舎から飛び出した。あ、忘れ物した。だがしかし今はそんなことに構っていられない早く帰らねば、ならないのだ。






町並みを避け、土手沿いに帰ることにした。町には、彼氏じゃなくとも同じ学校の奴がうようよいると思われるから、それを避けての特別通学路。若干オレンジ色に染まる川面に一息ついて、乱れた呼吸を整える。良かった、あと少しで家に着くし、帰ったらお母さんに無理を言って明日は休ませてもらおう。こんなの、彼氏に見られるのはもとより、友達に見られるのも嫌だってものだ。たんこぶよ、お前を今日と明日で急いで治してやるぞ。
瞬間、強い力で右腕を掴まれ神経がピリリと唸った。痛い、と呟き顔をしかめると、何かによって後ろを向かされる。…え

「何で逃げたの?」

えぇええうぅうえぇ照美くん!!?ななな何であなたがここにいる!?さっき私あなたの横すごいスピードで駆けてったのに、足には自信あるのに、目の前の照美くんがそれを見事に覆してくれた。なんとまあ怖い顔で、いつもの優しい笑顔のあなた様はいずこに行ってしまわれたのでしょうか。

「に、逃げてなんかないよ、今日用事があったの思い出して」
「どうしてそんな見え透いた嘘をつく?」

ばれた!一寸の余地もなくばれた!こ、怖い…照美くんが怖い私の知ってる照美くんじゃない!
とりあえず謝らねば、と私はごめんなさいと二回繰り返した。顔は見えないよう俯いて。お願い今日は帰らせて本当は、本当は照美くんと一緒に手繋いで帰りたいの。すると上から恐ろしい言葉が降ってきた。

「俯いてないで顔見せてよ」

いや!!あのですねそれが出来ないから私今日あなたから逃げたんですからね!!それに顔見せられたら一緒に帰りますよ!
ど、どうしよう、腕掴まれてるから逃げられないし、本当のこと言おうかな…?「照美くん。私、たんこぶあるから今日一人で帰ったの」はいおかしい!!絶対おかしい!!たんこぶって単語に自分でふきそうだよ。それに、照美くんたんこぶ見たら…どう思うのかな。引いた顔とか見るの嫌だな。とにもかくにも、今日は照美くんごめんね。明日は学校休むから明後日また帰ろうよ。ね、頼む。照美くん!
ぽろっ。あ、れ?私、何で泣いて…え、ちょ…!

すごい勢いで涙が出てくる。顔が熱くなって、頭がガンガンしてきた。喉の奥も、何かが詰まったような変な感じがする。照美くんが私の名前を呼んだ。

「…ふぇっ」

嗚咽が漏れた。照美くんは私が泣いているのに気づき、自分がやったと慌て出したが、それは違う。私が悪いのだ。名前、僕そんなに怒ってないよ、泣かないで?今日様子が変だったのにそれに気づけなかった僕が悪かったね、ごめん。ごめん名前。

「ちが…の」
「え?」
「て…みくんわるっ、わるくないの、わるいの、わっわたしだからっ…」

顔を上げた。たんこぶも私の泣き顔と共に照美くんを向く。照美くんは私と目を合わせたあと、少し目線を上げた。そして目を少し見開いてまた私と視線を交える。

「名前…」
「これ、みられたくなく、て…照美くんに、だまっ、だまってかえろうとおもっ…たの、ごめんね照美くんごめんなさい、ごめんなさ」
「僕に言ってくれたらよかったのに…!」

すぐに抱きしめられた。彼の柔らかい髪が私の頬をくすぐって涙をさらった。

「そんな姿で一人で街へ出て、僕がどうやって君を守るの?」
「え、…?」
「僕がいないで誰かに何か言われたらどうするの?僕は、君にそんな目に遭って欲しくないのに」
「…照美くん」
「お願いだから僕をもっと頼ってよ。君のそばにいたいって言ったのは僕だよ」

照美くんの優しさにまた涙が出てきた。それから私は声をあげて泣いた。






「おはよう照美くん!」
「おはよう…って名前!?」
「えへへ」

大きなガーゼをした私の額。そこにはまだ生意気に昨日出来たたんこぶが居座っている。

「今日来ないはずじゃ…」
「会いたくなっちゃって。…照美くんに」
「えっ」

昨日守ってくれるって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう、私はお礼を言う代わりに照美くんの頬に唇を寄せた。






たんこぶ
ちょっとだけ、感謝


 

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