「正面突破しかない」 レックスはきっぱりと言い切った。 「正面突破!?」 「と言っても、派手に突撃していくんじゃない。そんな馬鹿なことはやらない」 「裏口や窓は全て厳重に警戒されている。しかし正面なら、他の客に混じって上手く入り込めるかもしれない」 「木を隠すなら森、ってことね」 確かに、裏口や窓から中へ入る客はいない。だったら、他の客に混ざって正面から入ってやろうというのがレックスの提案する作戦のようだ。 「正面は他より警備が甘い。服装を変えていけば、いけないこともない」 「でももし見つかったら…」 「その時はその時で考えるさ」 いかにもレックスらしい発言だ。バンたちは既に納得したようで、服装について話し始めている。 「どうした?さっきからずっと黙ったままだが」 宇崎さんの問いが、みんなを私の方へ集中させた。レックスの深い色の瞳が私を見据える。考えていることが全て見抜かれている気がした。 「私……ジンと」 「諦めろ」 間髪入れず、レックスが答えた。息の呑んだのは私だけではない。私が何を言おうとしていたのか、何のことだけを考えているのか、おそらくほぼみんな分かっている。宇崎さんが諭すように畳みかける。 「はっきり言って、海道ジンは俺たちの敵だ。LBX世界大会で味方だったとはいえ、今回はそうじゃない。分かるな」 「……」 十分分かる。ジンは海道義光の孫、いつも私たちの敵としてしか位置付けられないこと。それに加え、LBXバトルが異常に強い故に、私たちにとって油断ならない存在であること。 バンは今までに幾度となくジンと戦ってきた。 深く帽子を被ったレックスが、マフラーで口元を覆い眼鏡をかけた宇崎さんにゴーサインを出した。宇崎さんは角を曲がり、なるべく真ん中を歩きながらドアに向かっていく。ドア付近は客で混雑していて、警備の目も届いていなかったのか、宇崎さんはするりと中へ侵入することが出来た。 「よし、俺たちも行くぞ」 私たちは頷いて、レックスの後に続いて歩き出した。下を向いたまま黙って歩くのは不自然なので、警備員に声が聞こえないように適当な会話をする。そうして、ドアまであと十数メートルというところにさしかかった時だ。 不意に私は誰かに見られている気配を感じて、辺りを見回した。左を見て、隣を歩くレックスの姿を確認する。それから右前方を見ると、心臓が止まるかと思うくらい激しい衝撃を受けた。 (……あれは!) 柱に腰掛けて、視線をあちこちにやり何かを探しているらしき人間がいた。見間違えるはずはない。忘れるはずはない。あの背丈、誰をも射抜いてしまいそうなあの鋭い赤い瞳は。 (ジン!) ジンだ。じっと左を見つめている。ジンも警備員として配置されたのだろうか。まさかこんな所で会えるとは思いもよらなかった。名前を声に出したくとも、この人混みではきっと声が届かないし、他の警備員にばれるかもしれない。そうなれば、私たちは中へ入れず、宇崎さんは恐らく捕まってしまう。 姿が見えているのに、手が伸ばせない。ジンに届かない。もどかしくてつらくて、喉がひくついた。一度だけでも名前を呼びたい。目を合わせたい。自分の中で欲はどんどん膨らんでいく。喉が大きく開いた。 「駄目だ」 出かかった音は、上からの低い声に圧迫され、腹部へと下っていった。首をかえすと、フードの向こうにまたあの瞳を見た。 「ここまで来て計画を水の泡にする気か」 「……でも、この人混みの中だったら」 「分からないのか」 レックスが厳しい口調に変わった。 「この客の中に、海道ジンに親しい奴がいると思うか。ここの客はこの展覧会を目的に来ている一般人だ。例えあの男が海道ジンだと分かったとしても、大勢の警備員がいる異様な雰囲気の中、声をかける奴がいるか?」 レックスの言葉には、何一つ間違いはなかった。その通りだ。計画を台無しにするわけにはいかない。私のせいで、ここまで来たのに失敗することは絶対に避けたい。バンたちも私を強い色で見つめる。 「……分かった。中に入ろう」 「あぁ」 再び前を向いて歩き出す。レックスが私に会話を持ちかけたが、殆ど聞き取れなかった。周りの音が遠ざかる。自分の鼓動さえも分からなくなる。 俄かに心が叫んだ。 (ジン、こっちを見て!) 「今だ!」レックスとバンがほぼ同時にそう呟き、私はレックスに腕を掴まれた。警備員の目が運良くドア付近から離れ、話しかけてきた別の警備員に顔を向けている。一気に体が前へ引かれ、ジンの横を通り過ぎる。 (ジン!) 気づいてほしい。見てほしい。私はここにいる。ジンの目の前にいる! ジンと最後に会ったのは一ヶ月前。私はバンたちとはぐれ、海道義光の部下や神谷重工に追われている最中だった。 「ここまではもう追って来ない」 少し乱れた息を整えるジンは、膝に手をついて肩を上下させる私を見下ろす。 「すぐにここから去れ。おじい様の部下には見失ったと言っておく」 「で、でもジンは海道義光に警戒されているんでしょ?そんなこと言ったって信じてもらえるかどうか……」 「僕のことはいい。君はバンくんたちと早く合流してくれ」 遠くから忙しなく動き回る男数人の声が聞こえる。ひょっとしたら追っ手かもしれない。私は荒い息のまま、悲しい気持ちでジンを見つめた。 甘い考えだというのは分かってる。しかし、ここまで一緒に行動して、正直楽しかった。いつもは何かの大会で会った時やメール、電話でしかジンを近くに感じられなかったのに、今は眼前にいる。どんな形でもいいから、もっと一緒にいたい。 ジンも私の気持ちを感じ取ったのか、言葉を発するのを躊躇った後に、伏せていた目を上げ私を見た。 「いずれまた会える。その時までお互い頑張ろう」 「……」 次に会えたら、僕は君に言うことがある。 「……え」私の言葉を遮って、ジンが私の肩を掴んで後ろへ振り向かせた。「早く行け」力の籠もった強い声に急かされて、背中が意志とは反対に前へ傾く。私はいやでもその場から走り去るしかなかった。 ―…刹那、ジンが向き直った。 「――!」 目が、合った。ジンは目を見開き、薄く開いた口で何かを言った。直後、私とジンの間に人が入り、お互いの姿が見えなくなる。そして遂に開け放しの自動ドアをくぐった。 「よし」 レックスが一息つき、続くようにバン達も一気に口から息を吐き出した。私だけが、自動ドアの外を食い入るように見つめている。宇崎さんが近寄ってきて、私達にそれぞれ館内紹介のパンフレットを配った。呆然と立ち尽くしパンフレットを受け取らない私に、レックスは静かに窘める。 「今は耐えろ。海道ジンにも、何か考えがあるはずだ」 宇崎さんも続ける。「……今は前に進むしかないだろう」張り裂けそうな胸の内を隠して、それは分かってるよ、と振り切りその場の空気を一刀両断し、私は宇崎さんから引ったくるようにパンフレットを手に取った。 そう、分かっている。焦っても気持ちを募らせても、今は何も仕様がないのだ。だったらレックス達と、少しでもいい未来を創れるよう、今は計画を遂行するしかない。私は自動ドアの向こうに古びた気持ちを投げ出して、ついにそれに背を向けた。 見えたのは一ヶ月振りの懐かしい姿だった。 『……どうだね、何か変化はあったかね?』 耳に付けた小型の無線機から、おじい様が僕にドア付近の様子を尋ねる声が聞こえてくる。乱れる心音を悟られないように感情を押し殺して応答し回線を遮断した。 (どうしてここに) 抱いた疑問はそれだった。見た場所が場所なだけに、その思いは強い。まさか正面から侵入してくるとは予想外だった。会わないで済むと思ったから、わざわざ正面ロビーの監視を希望したのに。 ----------- 以上です。夢で見たのはすれ違う時に目が合うシーンだけでした。だいぶ脚色しましたね…。お粗末様でした。 |