※紙メンタルジン






今すぐ来て。早く。電話に出るとそれだけを言われてぷっつり切れた。携帯が鳴りだして確認せずに出たので、誰かも分からず、終話音がむなしく鼓膜を揺らす。一体誰だ、と着信履歴を見ると、意外な人物の名前があった。ジンくん!?課題の手を止めてうっかり声を出すが、ここは私の部屋なので誰にも聞かれはしない。それにしても、今の本当にジンくんなの?ジンくんといえば、こう、いつも冷静で大人びてて、けして弱音を吐くような人じゃないのに。今聞こえた声は、弱々しくて泣きそうな声だった。何かあったんだ。胸の底からじわじわと危機感がわいて、椅子から立ち上がるとカバンの中にひっつかんだ財布と携帯を入れた。髪の毛は、向こうに着いてからにしよう。外歩くのちょっと恥ずかしいけど。普段と違う面を見せられれば、彼女である私じゃなくても誰だって不安に思うだろう。






改札口を抜けると、既にジンくんの執事さんが待っていた。「お待ちしておりました」私の姿を視認してから恭しく頭を下げた執事さんは、私を車へと促す。やっぱりいつ見ても高級感漂ういい車だ。

「坊ちゃまはご自分の部屋でお待ちになられています」
「あの…ジンくんどうしたんですか?」
「……」

口を噤んで黙ってしまったところをみると、どうやら理由は分かっていても執事さんからは言えないようなことらしい。早く着いて。気持ちだけが焦り、じっと座っていられない。その落ち着かない様子をルームミラー越しに見た執事さんが口を開いた。「どうか、坊ちゃまの力になってあげてください」ちょっとやそっとの問題ではないことを悟った。

屋敷に着きお礼もそぞろに、私はジンくんの部屋へと真っ直ぐ歩きだした。車に乗り込んだ時に一応メールをしてみたのだが返事が来ない。今までそんなことなかったものだから不安は増すばかりだ。早足で歩いているせいか、ふくらはぎの筋肉がぴりぴりと痛みを主張する。長い廊下を渡り、ようやくジンくんの部屋が見えてきた。ああ、いるな。ドアを見て何となくそう感じた。無遠慮に大きな音を立ててノックする。

「ジンくん?私だよ」

中から帰ってくるのは沈黙。多分開けても文句は言われないだろう。金色の光沢のドアノブを持って前へ押せば、見た目よりも軽くドアが開いた。
ジンくんはソファで私に背を向けた状態で座していた。靴も脱いである。名前を呼び掛けても反応が無い。もしかして寝てる?全く動かないのだ。ドアを静かに閉め、足音を忍ばせて近寄るが、ジンくんは俯いていて寝ているかどうかははっきりと分からない。小声でもう一度、名前を呼んでみた。「ジンくん」

――腕を掴まれ引き寄せられた。バランスを崩した私は、なすがままジンくんの上に倒れ込む。ジンくんの細い体に私なんかが、そう思って体を起こそうとするが、時すでに遅しと言うべきか、ジンくんはもう一方の腕を私の腰に回して身動きが取れない。そんな、重いよ。ジンくんにいくらそう言っても聞き入れてもらえないで、抱きしめる力ばかりが強くなる。これでは抵抗しても無駄だろう。私は大人しくジンくんに体重を預けた(それでも少し遠慮している)。

「ジンくん」
「……」
「どうしたの?いつものジンくんの声じゃないからびっくりしたよ。何かあったの?」

密着した体から伝わるのは、かすかな振動とジンくんの体温。温かい。しかし震えている。怯えているのか、ジンくんは何も言わない。子供をあやすように背中を擦ってやる。小さい頃これをお母さんにされてすごく安心したのだ。きっとジンくんもこれで安心してくれる。それから少し時間が経ち、やっと気持ちが安定したのか、ジンくんは私を抱きしめる力を弱めて、ぽつりと「きいてくれ」と洩らした。

「おじい様が昔と変わってしまった」

ジンくんの言うおじい様は、あの有名な政治家の海道義光。海道財閥の会長でもあり、政治家として選挙活動しているところをテレビで見た時には優しそうだと思ったが。

「僕を家族にしてくれたあの頃と違うんだ。今のおじい様は無情の人殺しだ」
「人殺し?」

物騒なワードに顔をしかめる。

「僕はおじい様が分からなくなってしまった。優しかったおじい様はいない。あの目は僕を見ていない。家族として」

ジンくんからおじい様の話はよく聞いていた。口数少ないジンくんが、おじい様については珍しく饒舌にしゃべるものだから、ジンくんにとって海道義光がどれほどの存在であったかはよく理解出来ている。唯一無二の家族。その家族が自分を見てくれないというのだから、ジンくんの受けたショックは大きい。何故それを知るに至ったかは分からないが、とりあえず今のジンくんは誰かに縋りたかったに違いない。あの電話はジンくんの精一杯の心の叫びだったのだ。

「どうしたらいいか分からない…」

背中を擦る手を止め、頭に手を伸ばした。ジンくんの髪は黒と白の明確なコントラストをなす。その色が濁って交わっているように見えた。外見に反して柔らかな髪をゆっくりとした手つきで撫でれば、ジンくんの体の震えが止まった気がした。

「だいじょうぶ」

「ジンくんにはおじい様だけじゃないよ」「…え?」頭を撫でながら言葉を続ける。

「私もいるし、執事さんだっているじゃない。一人で抱え込まないで、もっと周りを頼って。ジンくん、少し危なっかしいところあるしさ」
「僕が?」
「そうやって自分を追いつめちゃうでしょ」

ジンくんが息を呑んだ。溜め息を吐いて、私の肩に顔を埋めたジンくんは一言「負けたよ」と言い、私から体を離して目を合わせた。今日初めて見るジンくんの顔。穏やかな顔つきである。「何かあったら溜めこまないで私に言ってね」ありがとう、ジンくんは微笑んだ。






世界の果てで溶けよう






「久しぶりに見た。ジンくんの笑顔」
「そうかな」
「だって全然笑わないじゃない」
「君はよく笑うね」
「うん。ジンくんと一緒にいると楽しいからね」
「僕も君といると楽しいよ」

ジンくんが私の髪に指を通して再び私を抱きしめる。良かった、いつものジンくんだ。

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