今日もお父さんに連れられてジンくんの家(いつ見ても広い屋敷だと思う)に来た。お父さんは、ジンくんのおじいさんと話すことがあるからと、私をジンくんの家のSPに預け、広い部屋へと消えてしまった。SPなんかつける歳じゃないのに。ジンくんの家の中は安全だから、別に身を守ってもらう必要なんかないのだ。そう思ってSPの人たちを説得し、私は一人になった。前々から屋敷内を探検したかったので、話し合いが終わるまで屋敷の中を隅々まで歩くことにした。 幼なじみのジンくんは何かと機嫌の悪い時がある。原因は知る由もなし、ただあの赤い目でじっとりと睨まれたりうるさいと一言蔑まれたりと、様子や言動で丸わかりなので機嫌の悪い時は基本放っておくのがいい。…しかし、今はけしてそんなことが出来る状況ではなかった。 歩き始めて早三分、向こう側からやって来たのはジンくんだった。手を振る、ジンくんは気付いているはずなのにそれを無視。私にならって手を振るような人柄ではないが、仕草で挨拶をする私をじとっと睨みつけたのが見えた瞬間から、今日は彼とは関われないことを悟った。機嫌が悪い。学校で何かあったのか、LBXにまつわる何かがあったのか、何にせよジンくんと会話をしようものなら冷たい言葉を言われるだろう。すれ違いざまに何か言われるかと少しびくついたが、ジンくんは黙って横を通っていった。安心。と、胸を撫で下ろしたというのに。 「……」 「……」 その後何故か私の後をついてくる。ジンくんからしてみれば、自分の歩いてきた道を戻っているわけで、メリットデメリット云々の以前に無駄な行動だと思うのだが、そんなこと本人に言えるはずがない。更に、さっき後ろを振り返ったらばっちり目が合ってしまったので、迂闊に背後を確認出来なくなってしまった。ジンくんは機嫌が悪い。だから私は何も言わず、後ろをついてくるジンくんに文句も言えず、ひたすら前進するしかない。見たいものもろくに網膜に焼きつかず、階段の踊り場に足をつけた時だった。 「止まれ」 肩が竦んだ。とっさに自分に非が無いことを確認する。情けないことだが、ジンくんの機嫌をこれ以上損ねたくはない。彼を見ずに私は返事をした。 「最近メールを返してくれないが」 何かあったのか。「えぇ?」気の緩んだ相槌に対して、ジンくんは怒る様子はなかった。メールは確かに返していないが、それをここで訊いてくるとは。彼は本当に機嫌が悪いのか?だとしたら…。 (――それが理由で機嫌がよくないのかもしれない) 納得がいく。ジンくんは意外とメールや電話をしてくる人で、メールなんかは返信が早い。一分経たないうちに返ってくる。この前、彼からメールが来ていて、返信するのを忘れていたのだ。忘れていたというか、メール内容からしてあれは返信するに値しないまでのものであった。私はそう感じても、ジンくんはそう感じなかったようだ。二、三段私の上にいるジンくんが柔らかい雰囲気の中にいるような錯覚に陥る。表情は至って普通だった。 「ごめん、返信しなくてもいいかなって思ったから…」 「そうか」 「これからはちゃんと返信するね」 ジンくんが口角を上げた。「どっちでもいい。返したい時に返してくれ」――さっきのあの機嫌の悪さはどこへやら、呆けた顔でジンくんを見る私を追い越して、彼は先に下の階へと下りていった。どういうことだ。笑うなんて珍しいのに、「ジンくん!」名前を呼んだら、彼の歩くスピードが落ちた。私に合わせてくれたのか。心中で小さなお礼を言って、彼の横に並ぶ。 「さっき機嫌悪かったのにどうしたの?」 「…いや」 「私が返信しなかったから怒ってたの?」 「……違う」 嘘をつく時のジンくんは、必ずどこか上を見る。長年変わらない癖が今も抜けず、彼は天井にちらりと視線を送った。 「ジンくんって嘘つく時上見るよね。やっぱり怒ってたんだ」 「!怒っていたわけじゃ…ない」 「じゃあ何?」 「……安心…したんだ」 ジンくんが動揺を隠せない声音で空気を震わせる。それにしても珍回答が返ってきた。あんな顔をしておいて、何を安心することがあったのか。理解に苦しむ。ジンくんは「僕とメールするのが嫌になったのかと思ったんだ」と独り言のように言った。今度こそ呆気にとられるしかなかった。ジンくんって意外と寂しがり屋なの?そうだったら、ちょっとかわいいと思う。ジンくんに手を伸ばした。 「っうわ、な、何をするんだ」 「えー…なんかジンくんがかわいいので」 「僕は男だ」 子供にするように優しい手つきで彼の頭を撫でる。ジンくんは私に赤らめ顔でそう言ったものの、この私の行為を嫌がりはしなかった。 ちゃちな魔法 君とのメールが楽しいだなんて言えない |