たんぺん | ナノ


結婚するかも



同窓会。私の爪を見て、可愛いねって潔子ちゃんが言った瞬間から、私の心は潔子ちゃんに奪われていた。間違いない。女の子が女の子を好きだと思うのはおかしいのかもしれない。けれど、私の気持ちは、心はごく普通に好きだなと思ったのだから、これは間違いなく恋であった。その日、間違いなく普段の数倍準備して作っていった顔も、服も。誰に誉められたのより潔子ちゃんが言った言葉が私の中でくすぶる。 私は潔子ちゃんが好きだ。

同窓会からアパートに帰る。まだ22時30分。二次会は途中で抜けた。潔子ちゃんと同じ空間にいることが怖くなったから。


「ただいま」「おかえり、風呂入ってこい」「はーい」アパートに帰る。ヒールは適当に脱いで、バックを玄関に置く。ストッキングをそろそろ脱ぎながら、着替えをとってきて、お風呂にこもる。メイク落とし、シャンプー、体だけはしっかり洗ってあとはお湯に浸かる。潔子ちゃんが言った言葉が頭の中で浮かんで響いて消えて行く。人に好意を向けられる幸福感。反復すればきっと大きくなる。それはやだなと思う。お風呂からサクッと出て、リビングに向かう。途中冷蔵庫からヤクルトを取り出して、さっき誉められた爪で、ザックリ蓋を破る。一気に所帯染みた爪に熱も覚めた。
ソファに座った私を見て、ゆっくり鉄朗は私の隣に座った。私の左側に、鉄郎の背中が体重をかけてくる。ぐぐぐ、最後はばたん。重いよ、俺の重みだよ、馬鹿らしいからやめてよね、軽口叩きながらテレビをみる。
この時間のテレビっておもしろくないなぁ。



「な、そろそろ俺ん家、来ねぇ?」
「え?」
「親にさ、会って欲しいんだ。そういう意味で」
「…本当に?いいの?私で」
「うん。てかお前以外に誰がいんの」
「いや、だって最近ちょっと避けてるってかそんな雰囲気だったから」
「…あーごめん。親に会わせたいって思ったあたりから、なんか妙に意識して」
「なにそれ。じゃー私の親にも会いに来る?」
「うーー」


唸りだしたこの男は、同棲している私の彼氏である。頭を枕に挟む、変な寝方のせいで、トサカみたいな頭をしてるけど、わりと格好よくて、友達には評判がいい。付き合い出したのは、大学2年の終わり。就職しても意外と続いて、もう4年付き合っている。そろそろ結婚とか?そう友達にからかわれてはいたが、本当にそうなりそう。この人と結婚かぁ…悪くはないな。だってイメージがわく。


「よし、いく」
「そんなに悩むところだったのか…」
「いや、だって父親にしたら敵らしいぞ。娘の彼氏って」
「そんな厳しくないよ家は」
「でもこれ彼氏ってイコール結婚するかもって事だからな。というか、そのつもりだし。気は抜けねぇよ」


そんなもんかぁ、じゃあ私も気を付けなきゃなと鉄朗に返したら、俺ん家ではなまえの事レベル上げしてコツコツ良いイメージ刷り込みしてるから大丈夫、って返ってきて、何かが変なんだよなコイツ…と引っ掛かりはするものの、幸せな生活のイメージの方が大きくてどうでもよくなる。

「ねーてつろ」
「なーに」
「私、でも潔子ちゃんが好きかも」
「潔子ちゃん?」
「高校の同級生。マネージャーやってた子、美人の」
「あーいたな。眼鏡の美人」
「うん」


鉄朗の頭を、右手を回してわしわし撫でながら、正直に話す。

「爪、可愛いねって」
「言われて好きだなぁって?」
「うん」
「そうかぁ」
「私、鉄朗の事も好きだよ」
「じゃなかったら困るぞ」
「うん。結婚も、したいしイメージもわく。絶対幸せ」
「なら俺一択だろ」
「そうだよねぇ…潔子ちゃんとは手繋いで水族館行ったり、カフェで向かい合って手を握りあったりしたいだけだもん」
「それは恋なのか」
「分からないけど好きだよ」


こんな風に、ソファの上で撫でたり抱き締めたり、ベッドで行為をするイメージはつかないけど。同じベッドで手だけ繋いで寝てみたり、ソファの上で二人、向かい合って見つめてみたりはしたい。


「今日は一緒に寝ようか」
「いつもそうだろ」
「私が抱き締めて寝たいな」
「何、俺お前の胸に顔うずめていいの?」
「うん。いいよ」


そう返したら、鉄朗の目が何となく鋭くなる。嬉しいのか、やなのか。なんなんだ。そう思って、鉄朗が何か言うのを待つ。

たぶん、お前のその恋は憧れだわ。確かに恋だけど、初恋とか、憧れの先輩との夢見る恋とか、なんかそういうキラキラしたもん。そこで終わりが一番いいよ。他の気持ちは俺があげるから、俺と一緒になろう。
ソファの上で、鉄朗が私の手を握りしめて、じっと向かい合ってこっちを見た。目に懇願が揺れている。可愛いなぁ、そんなこと、普通は思わないのかもしれないけれど。


「一緒に寝てくれるなら、いいよ」
「いつでも、俺が胸貸してやるよ」
「今日は、私が貸すの」
「嬉しい」
「鉄朗の為じゃないけどね」
「それが、お前らしくていいよ」
「好き」
「ん」



結婚するかも


「挨拶したら、婚約指輪とか見に行こうか」
「うん。あ、家のお父さん、行くよって連絡とったら喜んでたよ」
「そりゃ一安心だ」