世界が終わる音がした。 | ナノ
いつも通りの時間に玄関で靴を履いているところで、リビングで家の電話が鳴っていることに気付いた。急いで履きかけた靴を放り投げ、リビングへ走り電話をとった。
同じクラスの子が連絡網で電話したらしい。言われた内容を次の子へ回して、私はソファーへ深く腰掛けた。学校は休みになったらしい。なんだったか、隕石が落ちてくる?よく理解できなかったけど、学校が臨時休校になるなら願ったり叶ったりだ。でも、急に休校になると、特にする事もない。

「なにしよう」

誰もいないリビングを見回して呟いた。父はもう会社に着いただろうし母も朝早くに出勤したので今この家には私以外の誰もいない。うむ、よくは分からないが学校は休み、家には誰もいない。することも、ない。テーブルの上にあるリモコンを手に取ってテレビを点けた。 ニュース、ニュースニュースニュース。チャンネルを回せども回せどもこのテレビはニュース以外を映さない。仕方なく丁度よく止まったチャンネルのニュース番組を観た。二十分ほどそのニュースを観ていたが、おおよそありえるはずのないようなことをアナウンサーが深刻げな面持ちで原稿を読み上げていた。NASA、隕石、地球、落下、およそ時速十q。小難しい言葉がつらつらと耳を駆ける中、私は半口を開けてリモコンを握ったまま呆然とソファーに座っていた。
は、と意識が戻って二度目のチャイムが玄関から響いた。プツリとテレビを消して玄関へ走った。誰だろう。学校休みだし、友達ならメールくらいくれるよね、チラと見た携帯には何かしらの電波を受け取った様子はない。ガチャリ、と扉を開けると健康的なスポーツやってます風な褐色の肌を映した。私の友人でここまでの褐色の肌を持つ人物を二人知っている。一人はサッカー部の染岡くん、もう一人は同じクラスであり、彼氏である

「土門くん、」
「よ、来ちゃった」

まるで後ろにハートマークでも付きそうなほど弾んだ声での来ちゃった発言。え、何でいるの。と聞けば来たかったから?と答えられ、追い返すわけにもいかないので、あげることにした。

「おっ邪魔しまーす」
「はいはい」

ぱたぱたと靴を落とすように脱いで、馴れたようにウチに上がる土門くん。いや、実際馴れているんだろう。今までに何度か家に呼んだこともあるし、また何度も押し掛けられた。

「あ、ニュース観たか?」

リビングへつながるドアを開けて土門くんは振り向いた。私はあぁ、うん観たよと軽く返事をして彼をリビングへ押しやった。そのままソファーへ当然のように座った土門くんに内心遠慮はないのかと悪態をついたが、アメリカナイズ、と考えて諦める。

「あれ、親は?」

座ったまま土門くんは背中を反らして奥のキッチンを覗いた。

「仕事」

一言答えて、土門くんの隣に腰を下ろした。土門くんは反らしていた体を元に戻し私と視線を合わせた。

「へぇ、帰って来ないの?」
「んー、と言うより帰って来れないんじゃない?交通機関止まるってニュースあったし」
「ふーん」
「土門くんのとこは?」
「ん?帰って来たぜ」
「え、家族水入らずしなくていいの?」

最後の日らしいのに、と言い掛けて土門くんの長い腕が私の肩に回った。座った時にあった若干の隙間がない程に私と土門くんの足ががぴったりとくっつく。

「土門くん?」
「最期の日くらい最愛の人と愛し合いたいだろ?」

どうしようもなく間の抜けた顔をしている私のこめかみに土門くんはそれすらもいとおしいとでも言うかのように髪を撫で、顔のあちこちにキスを落とす。外国文化が大胆なのか、それとも土門くんの愛情表現が大胆なのか。暫く彼のもたらす愛を十二分に満喫し、甘んじているとだんだんと私の後方に体重がかかってきていることに気付いた。

「んぁちょ、と、土門くん、」
「んー?あ、気付いた?」

ニヤリ、と表現するような笑みを見せた土門くんは、強引に足を絡ませ、私はボフとソファーへ倒されてしまった。

「え、は、え?な、あ?」
「ふは、混乱しすぎ」

クツクツと喉で笑う彼の顔を見て、私は更に混乱した。あれ、これ、冗談…?私の心情を読み取ったかのように土門くんは微笑んで、さっきのように優しく私の髪を撫でた。

「冗談なわけじゃないけど、名前がイヤなら俺はしない」
「土も、
「名前で、呼んで」

抱き締められた。何故だか分からないけれど、急にぎゅっと胸が苦しくなって、土門くんが、彼が、どうしようもなく愛しくて、苦しくて、哀しくて。私は私に覆いかぶさっていた背中に腕を回した。

「あす、か」
「うん、」
「飛鳥、飛鳥」
「名前、」


愛してる



この日、この時間を持って、世界は私たちに終わりを告げた。