学校の放送で校長先生が焦るような声でテレビを点けるように言った。言われて急いで教科担当の先生がテレビを点けるとどこのチャンネルも同じ内容を放送していた。内容は、後数時間で この地球に隕石が落ちてくると言うものだった。 意味がわからない。 クラスの誰もがニュースの事なんて微塵も信じていないようでざわざわと話している。先生さえも大丈夫だろうだなんて無責任なことを言ってノストラダムスが何たらと言っていた。誰かがノストラダムスって、と質問があがって授業の内容が未来がどうなるとか、そう言うので一時間目が潰れた。 ふいに、隣の席の鬼道君を見ると、いつもの真剣に授業を聞いている横顔ではなく、肘を立ててどこか遠くの青い空を見据えた後頭部が見えた。 これが朝のこと。 午後の授業中。 一人の生徒が空の異変に気付いた。 空が、赤い。 朝のニュースは嘘でも冗談でもなかったんだ。あと、数時間、数分、数秒で、隕石が落ちてくる。この時、漸くクラス全員が理解した。誰かがわぁっと泣き出した、それを引き金に皆が狂ったようにわめきだした。それを教室の真ん中で静かに眺めていたのは私と、鬼道君だけだった。 「鬼道君」 「なんだ」 話し掛けたらいつも通りの鬼道君がいつも通りに淡々と答えてくれた。恐くは、ないのだろうか、地球が なくなるのに。 「地球が滅ぶんだって」 「そうだな」 うん。会話が終わった。 鬼道君はこの騒がしい教室の中から赤い空を眺めていた。 「全部終わるんだな」 会話が終わったと思ったのは私だけだったようだ。鬼道君は私が思っていたよりよく喋るひとらしい。 「恐くはないの?逃げないの?」 「逃げるって、今からじゃもう遅いだろう」 「ああ、そうか」 逃げるならば朝のニュースを見たところで急いで準備をするべきだったな、とは言ってもどこへ逃げても変わらないだろうが。冷静な鬼道君は静かに言った。ふ、と鬼道君は空から私へと視線を移した。 「…逃げるか?」 「え、さっきもう遅いって、」 「冗談だ、今更どこに行ったってどこも同じだ」 安全な場所なんて探したって見つからないさ。 ゴーグル越しから鬼道君の長い睫毛が下を向いたのがなんとなく見えた。 「鬼道君って大人だね」 「?」 よくわからないと言うふうに首を傾けた鬼道君はいつもよりも年相応に見えて、ああ、こんなところもあったのか、終わる数時間前に知ってしまうなんて、なんて私は、私たちはついてないんだろうか。 「だって、皆騒いでるのに一人だけ落ち着いて空なんて眺めてるんだもん、大人びてるよ」 「そうでもないさ、ただ、諦めてる、それだけだ。それに落ち着いているのも俺だけじゃない。お前だって随分とおとなしく座っているじゃないか」 「そう、かな」 そうか、私も諦めているのかもしれない。だからこんなにも落ち着いて周りのことや鬼道君のことを見ていられるのか。私も気づかないことに気がつく冷静な判断はやっぱり、鬼道君は大人だ。 「私、大人なんてなりたくなかったのにな。子供のまま、何も考えずにいたかったのに、今はこんなにも大人になることを望んでる」 「そうだな、俺もそう思う」 鬼道君も私と同じ事を考えていただなんて。少し心が暖かくなったように感じたのはきっと私がそれを嬉しく思ったからだ。 「名字」 名前を呼ばれ鬼道君と目線を合わせようとすると、ぎゅ、と手を握られた。 「鬼、道君?」 「最初に恐くはないのかと聞いただろう?恐いよ、俺だって死ぬのは恐い」 「だから もう暫くこうさせといてくれ」 うん。と答える代わりに握られた鬼道君の手を私はきつく握り返した。決して離してしまわないように、鬼道君を安心させてあげられるように。 バッとあたりが白く眩しく光って、世界が終わるまで、私と鬼道君は手を離さなかった。 |