「人魚なぁ」
数日前から大海原では人魚の話題が学校中でもちきりだった。なんでも、沖の方で人魚を見た生徒がいるだとかなんだとか。
俺が大して興味もなさそうに海を眺めて呟くと、隣で音楽プレイヤーを弄っていた音村が意外そうにこちらを向いた。
「綱海は興味ないのか、俺としては一番に興味をもって人魚探しだとか言って走って行きそうだと思ったが」
「あ?あー、興味ねぇなぁ。俺も来年は高校生だぜ、そんなもん信じる歳じゃねぇっての」
それもそうだなと言った音村の背中をバシンと叩いて、俺は自身のサーフボードを掴んで海へ駆けた。
後ろで聞こえたため息は聞こえないフリだ。
いつも通り、サーフボードに乗って海へ出る。
今日は、いい感じに風も吹いていていい波が来そうだ。無意識に口角が上へあがった。
叩かれた背中がヒリヒリと痺れる。あの馬鹿、力いっぱいで叩きやがって。
そうか、綱海は信じないか、一番喧しく騒ぎそうだと思ったがとんだ思い違いのようだ。
ほんの少し出た涙を手の甲で拭って意気揚々と海へ出た綱海を睨んだ。バシャバシャと迷いもなく沖へ泳いでいく。
もう一度ため息をついて音楽プレイヤーへ目を移した。
そういえば、この辺りだったな、人魚が出たって噂の海は。
ふと沖を見た。
ザン、と波打つ音と共に見慣れたサーフボードが宙に浮いた。
「綱海っ!」
ゴポリと口から空気が気泡となり海面へ昇る。
なんだ、何があった?
海面は手が届きそうな程に近いのに、体は全く思った通りに動かない。
ゴポリ、また口から空気が出た。
ああ、そうか、わかった。俺は死ぬんだ。
あーあ、まだ受験生だし、サッカーだってやり足りないし、サーフィンだってまだまだこれから、やり残しばかりで未練たらたらだってのに。
息を吸おうとして海水を飲み込んだ。
目を閉じて、もう一度開いた。海面がゆらゆらと眩しく光る。
でもまぁ、海で死ぬなら、
視界で何か、人影がゆれた。
本望ってやつか。
もう一度瞼を閉じた。
「……み」
ん、
「…つ…み」
聞き慣れた低い声が鼓膜を震わせる。
「オイ、綱海!」
パンッという音と共に自身の頬にビリビリと痺れる痛みが走った。
俺は飛び起きて叩かれた頬に手を添える。
そのまま頬を叩いた本人と思われる音村を睨んだ。
「ってぇな!」
「生きてんなら返事しろ」
「…、なぁ助けてくれたの音村か?」
音村は膝に付いた砂を払いながら、はぁ?と意味わかんないって顔で見下された。気にしないけど俺一応歳上だぜ。
「自分で泳いできたんじゃないのか?」
「いや」
気を失う前に見た人影のことを音村に話すと「噂の人魚だったりして」と小馬鹿にされた。
「人魚か…」
人魚