古いの | ナノ
(高校設定)


「名前、」


急に隣の席の土門君に真剣な声で名前を呼ばれ、顔を向ける。そこには予想通りの声に合った真剣な顔があった。いや、今授業中なんですが、お構いなしですか。てか何で名前呼び、え、さっきまで名字だったじゃない。


「な、何」


今授業中なんだけど、と続けると土門は気にする様子もなく、あの先生怒っても怖くないし、なんてケラケラ笑った。おぉう、余裕綽々ですか。土門は余裕でも私は全然余裕ないですから、六時限目の気怠さと眠気との格闘、板書で手一杯です。(むしろ手じゃ足りてないくらい)


「ね、ちょっと、聞いてほしいんだけどさ」


さっきまで人懐っこい笑顔を張りつけていた顔は冒頭で見た真面目な顔を見せていて、余程大事な話だということを示しているように見えた。


「今板書してんだけど」
「真剣な話なんだ」


聞いてほしい。ぎゅ、と土門側にある手を握られた。ドキ、とか気のせい、気のせい。
ここまで頼むんだ、聞いてやらないか、私の良心が囁く。しょうがない、私は良心の味方だ、聞いてあげよう。ちょっとくらい板書遅れても大丈夫、間に合う。
ノートの間にシャーペンを置くと、土門はほんの少し緊張を解き、今度は先程よりも強張った表情を見せる。忙しいなこの男。


「あの、な」


ゴクリ、喉仏が動き、土門が生唾を呑むのが分かる。そこまで緊張するか。そんなに大事な話なら休憩時間でもよかったんじゃないか。ああ、まあ土門がいいならいいんだけどね。


「俺と、」


土門の口が開くと同時に機械的な鐘が授業終了の時間を知らせる。
日直が怠そうにきりーつ、と言ってガタガタ音を立てて生徒が席を立つ。視界の端で友達が隣の席の子に揺すり起こされて席を立ったのを捉えた。(あーあ、また寝てたんだ)
私達は座ったまま、誰も気付いてない(一番後ろだからか)。土門はまだ私の手を握ったままだ。

日直の気の抜けた礼が響く。







「俺と、
結婚を前提に付き合って下さい」







土門がそう言うのと生徒が礼を言うのはほぼ同時だった。

ザワザワと帰り支度をしている音が遠く聞こえる。まるで私だけ別の部屋にいるみたい。
今、何て言った?口はそう動かしたつもりだったが、私の声帯は震え方を忘れたように動かない。ない餌を待つ頭の悪い鯉のようにパクパクと口を開閉するだけだ。
本当は何て言った、なんて野暮なことは思ってない。頭の中は土門のあのセリフでいっぱいだ。

ガラガラと担任が入ってきて、特に連絡はないと伝え、日直が起立、礼と言って生徒が解散する。
土門の手は私の手から離れていた。

ポン、と土門に肩に手を置かれ、朱に染まった頬で「俺、真剣だから。返事、いつでもいいから考えといて」と耳元で言われた。
それさえも、私には他人事のように聞こえた。



しっかり私の脳の思考が働くようになるころには、前の黒板はキレイに消されていた。


ああ、ノート、借りなきゃ。



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