古いの | ナノ
ぐぅ、とお腹がなって、へその上がえぐれてしまうような感覚に陥った時に、懐かしい稲妻マークの輝く鉄塔が脳裏に蘇った。これが走馬灯か、と勘違いに悟りつつ腹を擦った。忙しなく動かしていた足を止めて周りの景色を見た。筆記体のアルファベットのようなものが書かれた看板が目に入る。アメリカかイギリスか、ああいや、ヨーロッパ、南アメリカ。とにかく日本ではない別の国のエリアに迷い込んでしまったらしい。人はいるがやはり頼れそうな人はもちろん、アジア人の顔は見当たらない。
円堂や、チームの誰かに連絡しようにも携帯はあるが充電がきれて画面はどこを押しても真っ暗しか映さない。
何も映さない携帯を眺めてはぁとため息を吐くと、後ろからぽん、と肩に手を置かれた。
もしかしたら知り合いかもしれない、という淡い期待を込めて振り向けば、見知らぬ赤毛の人が立っていた。誰だ。

「Ciao!」
「ち、ちゃお」

笑顔で言葉を投げ掛けられれば返してしまうのが日本人の性というものか、私は引きつり笑いで、言葉をそのまま返した。ちゃお、一瞬某少女雑誌を思い出したが、一体どこの国の言葉だったか。いや、どこの国の言葉だったとしても日本語以外の語学がからっきしな私はどうすることもできないことを思い出し、考えるのをやめた。

「はは、どうしたの?君日本人だろう?やっぱり日本人ってかわいいよな、ああ大丈夫だよ日本語も少しは話せるから」

ニコニコと手を振り回して忙しなく動く赤毛さん。
ナンパ、かなぁこれ、とぼんやり考えながら赤毛さんの顔を眺めていて気付いた。

「あ、イタリア代表の、」
「俺のこと知ってんの?嬉しいな!」

知っている、と言ってもイタリア代表選手であることくらいで、名前も年も分からないのはむしろ知らないうちに入るんじゃないかと思ったが、異常な程に喜ぶ赤毛さんを見ると、とてもじゃないがイタリア代表選手であることしか知らないなんて言えない。赤毛さんに「ねぇ」と話し掛けられるのと同時に私の空気の読めないお腹がぐぅと鳴いた。
ぱち、ぱちと赤毛さんがまばたきを繰り返した。自分の顔が赤くなるのが分かった。

「お腹減ってるのか?」
「いやー、あの、そのー…」
「じゃあパスタは好きか?」
「へ、は、はい」

控えめに答えるとひょい、と赤毛さんは私の右手を掴んで、走りだした。ぐんぐんと風景が通り過ぎていく。私は足を引っ掛けて転ばないように精一杯脚を動かす。こんなに速く走ることなんてもうないんだろうと私は地面を蹴った。

もう大分走っただろう、私の呼吸は乱れに乱れているのに対し赤毛の彼は息一つ乱している様子はない。これが選手とマネージャーの違いか。
はあはあと息を乱していると、大丈夫?と赤毛さんが後ろを向いて聞いてくれた。気持ちはありがたいけど、余裕か。

「もうちょっとだから」
「は、はいぃい」

正直泣きそうだし、お腹はすでにMAXを越えて逆に吐いてしまいそうな程に空腹だ。
いい加減に倒れてしまうところでだんだんと走るスピードが落ちてきて、大きなサッカー場の前で止まった。

「こっちだ」

膝に手をついて息を整えているとまたぐい、と引っ張られて一歩、一歩とイタリア代表の宿へ連れて行かれる。

中で案内されたのはいわゆる食堂なんだろうと思う。テーブルとイスが多く並んでいる。その中の一つに半ば強引に座らされ、ここで暫く待っているように言われた。
おとなしく待っているとチラチラとドアの方から視線を感じたりと、正直帰りたい気持ちでいっぱいになりかけたが、ちょっと経ったところで赤毛の彼が片手にお皿を持って来てくれ、お皿にはパスタがおしゃれに盛り付けられていた。

「Grazie per aspettare.日本人の口に合うかはわかんないけど、食べなよ」
「へ!た、食べていいの!」
「じゃなきゃ君の前には持ってこないだろう?」

空腹がMAXに達してしまっていた私は少しの遠慮もなしに、盛り付けられていたパスタを平らげてしまった。

「ごちそうさまでした、あの、美味しかったです」
「Grazie!それはよかった」

にっこりとテーブルに肘をついていた彼があ、と声を漏らして腕を私の顔に伸ばしてきた。

「なんだっけ、お弁当付いてるぞ?」
「は、」

ぐぃ、と口の端を親指で拭われた。
今私は間違いなく完全に熟したトマトのようになっていることだろう。


赤いトマトは恋をした
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