名字は援交をしていると密かに噂になっている人物だ。なぜ突拍子もなく話題を出したのかと言われると、少し言い淀むのだが、オレは見てしまった。名字が見知らぬ男に金を受け取り、腰を抱かれ夜に消えたところを。あの日は練習の疲れが酷かったから、もしかしたら見間違えだったかもしれないが、正直オレが名字を見間違えるとは到底思えない、好きな女なら嫌でも分かるモンだ。でも、見間違えであってほしい、そう願うのは普通のことだろう。
放課後、教室の後ろの方そして目の前には名字。
何の用だクソヤロウとでも言いたげな目がオレを真っ直ぐ捉えている。威圧感たっぷりだ、引き留めるんじゃなかったかもしれない。握った名字の細い手首を恨めしそうに見つめ、重々しくオレは口を開いた。
「あーー、あの、よォ」
「何よ」
「あー…」
「もう帰りたいんだけど、早くして」
「…援交、って」
マジ?
冷めた目がオレを突き刺す。
その目はそうよ、そうだけど貴方には関係ないでしょう、だ。関係、あるっつの。オレと名字は一時期付き合ってたことがある、告ったのはオレ、フッたのも、オレだった。別に名字のことを好きじゃなくなったわけじゃない、自転車が忙しくて名字に構ってられなくなったからから、申し訳なくて別れてもらった。名字の援交の噂はそれからしばらく経ったあとだった。初めて聞いたときは悪ふざけかと思ったが、この間見かけたことで確かになった。
「なァ、やめろよ、援交とか」
「なんで、関係ないじゃない」
「あるショ、オレのせいか、オレが別れようなんて言ったからか」
「…関係ないよ」
「嘘つくなよ」
グッと名字の両肩を掴んで顔を近づけた。名字は嘘を吐くとき顔を反らす癖がある。だから顔を近づければよくわかる。名字の瞳がグラリと揺れた。
「スグ、わかんだよ」
「…巻島には関係ない」
「何意地張ってんショ」
「…違うってば、お金欲しかったの、それだけなの!」
「名前上向け」
名前はオレに言われたように上を向いた。その時の名前は驚いていたように見えた。あぁ、そういや、名前をちゃんと呼んだのは初めてだったかもしれない。無防備に向けられた唇に強引に口づけた。
「巻島」
「千円でどうだ」
「え、」
「キス一回千円、深いので二千、セックスは一回五万、足りないか」
「何言って、」
「欲しいんショ、金」
ポケットに入れていた財布から千円札を一枚、名前につき出した。
「い、いらない」
「なんだよ、オレとはしてくれないのか、援助交際」
取り出した千円札を無理矢理手に握らせ耳元でいつもより低い声で囁いてやった。何やってんだ、オレ。素直に、名前にやり直そうと言えばいいのに、こんなやり方はねぇっショ。
悪いと謝罪を口にしようとすると、名前は泣きそうな顔でオレに紙切れを突き返してきた。
「何で、そんなこと言うのよ!」
「好きだからショ、名前が好きでもないやつと一緒にいるとこなんて見たくない、だからオレが金を払ってでも止めさせるだけショ」
「好きって…!巻島だってたいして好きでもないクセに好きって言うじゃない!」
「ハァ?好きに決まってんダロ!じゃなきゃ援交なんか見て見ぬふりしてるっショ!」
「じゃあ何で別れようなんて言ったのよばかぁ!」
「っ…」
オレが言葉につまると、名前はやっぱりと嘆きながらその場にうずくまった。あれ、もしかして別れるっつったとき理由言ってなかったか…?ってことはもしかして名前はオレに嫌われてフラれたと思ってるのか…?
「…オレは別に名前が嫌いで別れようって言ったわけじゃないショ」
「…え?」
「自転車で忙しくなって構ってやれないから、」
「そんなの聞いてないよ!」
やはり、言ってなかったか。頭のすみで考えて、うずくまる名前と目線を合わせるように屈んで名前の頭を少し撫でた。
「オレは別れてからもずっと名前が好きだった」
「何でそんな大事なことその時言わないの…」
「悪いとは思ってるショ」
「悪いじゃすまないよ」
「…悪い」
言うと間を置いて名前が吹き出したように笑うので、つられて自分も吹き出してしまった。
空は藍色がオレンジ色を食んでいた。
「もう暗いな」
「うん」
「…一緒に帰るショ」
「うん」
「…もう援交とかしねぇ?」
「…うん」
「なんショその間」
「アハハ、もうしない」
小さくなった名前に手を貸して立ち上がらせ、鞄を背負い直した。
「…好き」
「…ん」
「言えよ」
「巻島くん好きー」
「…まあ、いいショ」
援交女子と巻島くん