「茉咲ってさ...」
「な、何よ」
「絶対おひめさま願望あるでしょ」

昼休みも終盤、廊下で偶然出くわした弟の方は、藪から棒にそんなことを聞いてきた。

「......無いわよそんなの」
「間があった」
「意味を考えてたの!なんなのよ、それ?」

私が突っかかると、浅羽祐希は身に纏う空気だけで笑ってみせた。まぶたの閉じかかった目、カーディガンの中で丸めた背筋に変化は起きない。

「なんか、女の子がお姫様になりたいとかふりふりのドレスが着たいとかいうのは、みんなおひめさま願望なんだって」
「へ、へぇー。そうなの」
「で。茉咲は白馬の王子様、待ってるの?」

今度はニヤニヤという形容詞が空気に貼りついている。上靴を脱いで思いっきり投げてやると、ひらりとかわしてあっという間に階段を下りて逃げていった。相変わらずの嫌味な運動神経。

ぽつんと置いてけぼりになった上靴がいたたまれない。片足でケンケンしながら近づいたとき、タンタンと音がして、なんと兄の方が階段から下りてきた。
すっと私の靴を拾いあげると、何も言わずにしゃがみ、履かせてくれる。「あ、ありがとう...」
そして、

「俺も聞きたいな、茉咲の話」

あなたもか。

「...聞いてたのね。でも、昔の、ほんとーにちっちゃい頃思ってたことだし、面白くもなんともないわよ」
「いいよ、茶化したいわけじゃないもの。教えて?」


廊下は寒く乾燥してお喋りにはおおよそ不向きだった。「肌がピリピリする」私が言うと、浅羽悠太は思いついたように廊下最奥の大きな窓を指差す。二人して駆け寄ってガラスにぺったりくっついた。眩しい日差しがそのまま暖になる。
「あったかいね」彼は目を閉じ、柔らかい声でそう言った。私はふうと息を吐いて、そして吸い込んだ。


「小さい頃は確かに、おひめさまになりたかったわ。着せ替えやお人形の服には必ずドレスがあったから、私はそれを見て、いつかはこんな服を着てみたいって思ってた。
お城みたいな家に住んで、メイドさんが髪を結ってくれて、部屋にはお香を焚くの」

ちらりと横を見る。浅羽悠太はうんうんと頷いて、「それで?」
「...男子には面白くもなんともないでしょ、こんな話」

流石に恥ずかしくなってきて、私は彼を睨んだ。彼は瞳をぱちくりさせた後、困ったように「あー...」
「何?」

うつむき、後ろ足の爪先でガラスをつつき始めた。トントン、トン。

「...まいったなぁ...言わなきゃだめ?」
「私だって、言ってあげたじゃない」

わざと咎めるような言い方に変えると、ばつが悪そうに

「じゃあ、言うよ。昨日本屋で、祐希と雑誌見てたんだけど」

この話が何処へいくのか、方向性が全く分からない。私が首を傾げると、彼はもうちょい辛抱して、と苦笑した。

「祐希が読んでたやつに、さっきの...おひめさま願望?の、話が載ってて。
それで祐希が...ゆうたはこうゆう願望全然ないよねぇ、たまには言ってくれてもいいのに、て言ってきて、それが不満げなカオだったから...。俺は祐希に何を求められてるのか、いや、何を求めたら祐希は満足するのかなぁと、気になりまして」
「で、私の話を参考にしようと」
「...そゆことです...なんか、すごい恥ずかしいんだけど...」
「参考になった?」
「...」
「まあ、ならないでしょうね」

この兄弟は本当にどうしようもない。二人揃って不治の病だ。私は呆れかえったけど、まだうつむいたままの彼の耳が、髪からはみ出て赤く染まっているのを見たら、嘘みたいにこみ上げてくるものがあった。すなわち、可愛らしい。ああもう、だから人を巻き込むのはやめて。

「とりあえずそうね、なんか甘ったるいこと言ってあげたら」
「...ゆうき、俺の白馬の王子様になって、とか?」
「完璧だわ」



プリンセスプリンセス
(たまには我儘言ってもいいんだよ、お姫様)



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