Yes! I’m Pumpkinman!




きっと俺はまだ夢の中に居るのだろう。
まだ布団の中に体を横たえ、夢の続きを見ているのだ。あぁ、そういえばそろそろあの時期が近いからと、ドラキュラや狼男が仲良く追いかけっこをしていた夢を見ていたような気がする。きゃっきゃうふふ。人には真似できない高速さで風のように追いつ追われつを繰り広げていたドラキュラと狼男を見ながら一人お茶を楽しんでいた―――その、夢の続きに違いないのだ、これは。
そう自分に言い聞かせる俺の目の前には、パンプキンを被った人間…いや、人間に被ったパンプキンが変なポーズで立ちはだかっていた。なんだろう、あのポーズは。どうしてジョ◯立ちみたいな格好で俺の前に立ちはだかっているのだろうか。というかどこから入ってきたんだ。ちゃんと俺、鍵をかけて出掛けたよな…?自分の頬を摘まんで引っ張ったままの状態で思う。頭にパンプキンを被っている時点でもう色々とおかしいのに、さらにおかしさを塗り重ねるかのようなポーズには恐怖よりも純粋に疑問を抱いてしまうから不思議だ。なんて何を悠長に考えているんだ俺は。ちなみに、力の限り引っ張った頬は夢とは思えないくらい、痛かった。あれ、おかしいな。夢の中のはずなのになんでこんなにリアルみたいに痛いんだろう。いやいや。きっとこの痛みも俺の逞しい想像力が生み出した偽の痛みに違いない。そうだそうだ。そうに決まっている。
…あれ、痛い。
ためしに逆の頬もつまんでみたら、とってもとっても痛かった。あまりの痛さに涙が滲む。くそ、ほっぺたがもげてしまうかと思ったぜ。左右のほっぺたをびろーんと力の限り引っ張ったままの状態で俺は途方に暮れた。だって、普通だったら鍵のかかっている家の中に誰かが侵入してくることも、ましてやパンプキンを被った意味の分からない人間が侵入してくるなんてこと、ないじゃないか。こんな不思議恐怖体験が現実で起こり得るとか怖すぎる。もう一人暮らしできない位怖い。今すぐにでも三駅向こうにある実家に帰って母さんに泣きつきたいくらい怖い。でもさすがにこの年にもなって母さんに泣きつくのは恥ずかしいから夢の続きだと自分でも力業過ぎるなぁとは思いつつ思い込もうとしたのだが…やはり現実は俺に優しくなかった。そんな俺の涙ぐましい抵抗をあざ笑うかのようにほっぺたは痛いし、パンプキンだし、不法侵入だし、パンプキンだし、お腹空いたし。とにかく、世界はもっと俺に優しくあるべきだと思う。

「……」
「……」

ぐるぐると思考を巡らせる俺の目の前にはやはり先程と変わらずパンプキン野郎が変なポーズで固まったまま微動だにしない。もしかしてこれは実家から送られてきた人形じゃないのかとありもしない希望に縋ろうとしたその瞬間、そんな俺の些細な希望を打ち砕くかのようにそれまで固まっていたパンプキン野郎の筋肉が脳から伝達を受けてピクリと動いた。

(来る…!)

一体何が来るのか分からなかったが、本能的にそう感じ取った俺は咄嗟に身構える。身構えるといっても武道の心得なんてない俺の身構えポーズなどお笑い物でしかないであろうが、こういうのはあれだ、気分の問題なのだ。実用性があろうがなかろうが、精神だけでもガードしようとする人の本能のようなものである。たとえそれがへっぴり腰のファイティングポーズだったとしても。

「トリックオアトリートしに来ちゃった。えへ」
「…」

えへ。じゃねぇよ。
脊髄反射でそう心の中でツッコむ俺。
一体なにを言うのかと身構えていればいい年こいたパンプキン(?)が『来ちゃった』とか『えへ』とか語尾にハートマークがつきそうなノリで(それもあいもかわらずジョ◯立ちは健在のままときた)言っとるんじゃボケ。なんにも可愛くない。なんにもときめかない。来ちゃった。なんてノリは可愛らしい女の子がするから成立する奇跡的現象であり、間違っても目の前のパンプキン野郎が口にして成立するものではないのだ。可愛いは作れる!なんて言葉はあるが、それにも限度があるということを知れパンプキンめ!
この思考時間、なんと僅か数秒。
雷鳴のごとき速さで結論にまでいたった俺であるが、残念なことにそれがパンプキン野郎の耳に入る事はない。なぜならこれらは全て俺の脳内でだけ繰り広げられているものだからだ。出来る事ならこの崇高なる論理をパンプキン野郎にも聞かせてやりたかったが、なにぶん俺はイレギュラーに弱い普通の人間なので怪しさ満点のパンプキンにツッコみを入れるなんてハイレベルな事は出来ないのである。もし逆上したパンプキンにパンプキン野郎にされたらたまったものじゃないし、なによりも俺はまだ人のままで居たかった。彼女だってまだ作った事ないのに人の一生を終えるなんて全力でお断りだ!

「あれ?無反応?うーん。言語間違えちゃったのかな?…は!もしかしてこれがよく言う『返事がない。ただの屍のようだ』ってやつ?!」

ようやくジョ○立ちをやめたパンプキンが何やら言っている。
だが言わせてもらおう。別に俺は無反応でもないし、ましてや屍でもない。ただ口に出していないだけで心の中ではそれはもうハリケーン並みに言いたいことが暴れまわっている。出来ることならこの思いの丈をぶちまけてしまいたいけれども、それが出来ないから沈黙しているんだ。分かったか、この俺の揺れ動く心の葛藤を。しかしそんな俺の沈黙をパンプキン野郎は言葉が理解出来てないからと判断したらしくなにやら一人でわちゃわちゃ騒いでいる。…まっこと本当に、愉快なパンプキン野郎である。
そんな皮肉にも似た感想を抱きつつ俺はファイティングポーズを解除し、耳を塞いで、目を閉じた。瞼の裏に真っ暗闇を呼び込んで、そうして俺は心の中で強く強く念じる。
これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ。
我ながら往生際が悪いというかなんと言うか。ここは男らしく現実を受け入れるべきのだろうが、俺は男らしくない男で有名なので最後までみっともなく足掻かせてもらおう。そうだ。この不可思議現象は、夢なんだ!

「あれ?今度は耳塞いじゃった。おーい、悠真くーん。聞こえてますかー?」

駄目だ。耳を塞いでいても無駄にいい声が聞こえてくる。ずっと思ってたんだけど、そんなふざけた格好をしているのにめっちゃいい声をしているとか、一体どういうことなんですか。そして腹が立つことに、実はこの声が嫌いじゃなかったりするのだ。どちらかというと男の声ではどストライクである。あ、全くの余談だが、俺は声フェチだったりする。ていうか、なぜ俺の名前を知っている。

「あー、あー、あー、マイテスマイテス」

俺の混乱をよそに呑気な声が、これまた気の抜けるような事を言っている。
手のひら越しなのでくぐもった声を聞きながら、なぜかよくわからない敗北感に心が折れそうになる。もう本当に何なんだよ。無性にノリノリでマイテスをしているパンプキンをパイにしてやりたくなった。美味しい美味しいパイにして子供たちに配ってやろうかこの野郎。なんて凶暴な衝動が今までパイなんて作ったことのない俺の中で巻き起こる。くそ。これなら母さんにパイの作り方でも教わっておくんだった。どうせなら料理男子になっておくんだったと後悔の念に襲われる。
いや、今からでも遅くないと秘技『ぐーるぐ先生に聞いてみよう!』を繰り出そうと閉じていた目を開けて耳を塞いでいた手をスマフォに伸ばそうとした―――のだが。

「ということで、トリックオアトリート悠真!」
「ということでの意味が分かんねぇよ!」
「わぁ!悠真が喋った!」

スマフォを掴もうとした手をなぜかパンプキン野郎に掴まれて思わずツッコミを入れてしまった。ついに心の声が爆発してしまった。一度声を出してしまえばそれまでの沈黙が嘘のようにスラスラと言葉が溢れてくる。俺は心の奥底から沸き起こる衝動のまま、言葉を吐き出していた。その時の俺の頭の中にはもしかしたらパンプキンに変えられてしまうかもだとか不法侵入者への恐怖だとか、そんなものは一切なかった。たしかにあった俺の感情のストッパーははるか彼方へと吹っ飛んでいってしまったらしい。

「てかなんだよ喋ったって!そりゃ喋るわ人間だもの!あとク○ラが立った!みたいなノリで言うな!お前はハ○ジか!?ハ○ジなのか!?いや違う、お前はパンプキンだろ!?」

最早何を言っているのか、自分でも分からなかった。
というか完璧にいろいろと論点がずれている。人間混乱すると何を言い出すか分からないのだと、まさか実体験で学ぶことになるとは予想外だ。

「もうやだなぁ、悠真は。これは被り物で、俺はちゃんとした人間だよ?…は!もしかしてハ○ジの格好したほうがよかった!?」
「いや、それは本気でやめてください」

なんだか恐ろしい勘違いをしているらしい相手に間髪いれずに返す。「えー。俺のハ○ジ姿見たくないの?」とかいう雑音が聞こえてきたような気がするが、きっと気のせいだろう。うん。

「まぁいいや。ハ○ジはまた今度ね」

楽しみにしててね悠真。なんて語尾にハートを付けられてもどうしようもないんですが。というか俺とあなたの間に次なんてことがあるのでしょうか。俺的には今度なんて来なくていいんですけど。ポジティブというか人の話を聞かないというか、どこまでもマイペースな相手になんだか声を荒げるのが馬鹿らしくなってくる。なんで俺こんなにテンション上がっちゃってたんだろう。少し前の自分を思い出して今更になって羞恥に顔が熱くなる。いくら混乱していからとはいえ、あれはない。あんな馬鹿丸出しな発言…。って、いやいや。なにを悠長に流されているんだ俺は。そもそも鍵のかかっている部屋の中にパンプキンがいること自体異常だからな。異常すぎて現実逃避しようとしちゃったけどさ、これって冷静に考えたらかなり危ない状況じゃないのか?あれ?ハ○ジ云々言ってる場合じゃないんじゃ…。

「……」

逃げよう。
今更だが、脳が弾き出した指令に従って半歩後ずさる。
幸い玄関に入ってすぐの場所でこのパンプキン野郎に出迎えられたので、逃げようと思えばすぐ後ろにある玄関から逃げられるはずだ。そうと決まれば善は急げとばかりにくるりと体の向きを変えてドアノブに手を伸ばした。まだ施錠を施していなかったドアノブを勢いよくしたにおろして扉を開けて俺は外に飛び出した。

「はい、捕獲ー」
「うわっふ」

と思ったのだがいつの間にか俺の背後まで迫っていたパンプキン野郎により逃亡劇はあっけなく終りを告げた。左手で俺の体を抱き、右手でドアノブを握る俺の手ごと包み込んで扉を閉める。僅かに開いた隙間から見えていた外の景色が静かに閉ざされていく。消えていく景色を呆然と見送るしか出来ない俺の目の前で無情にも扉が閉まる音が鼓膜を揺らした。
あぁ、逃げられなかった。
背中に感じる熱に俺は逃走劇がものの一瞬で終わってしまったことを悟った。なんてあっけない幕切れであろうか。もっとこう、ドラマチックに逃走出来なかったのか俺。どうにも格好がつかない自分の現状に、一人項垂れる。視界にうつりこむ履き潰されたスニーカーとやたら高そうな革靴の距離の近さに今更になってパンプキン野郎に抱きしめられている事実を脳が理解した。そしてそこではじめてこんなに密着しているのに被り物が俺の後頭部を全く圧迫しないくらいある身長差に気づく。ジョ○立ちをしていたから分かりにくかったが、どうやらこのパンプキンは日本人にしてはとても身長が高いらしい。ついでに背中に触れる胸板は、とっても硬かった。

「ざーんねん。逃げようとしてるのがバレバレだったよ、悠真」

俺の手をドアノブから離してパンプキンは玄関の鍵を施錠した。そうして行き場をなくした俺の右手に右手を絡め、おかしそうに笑うパンプキン。同じ男なのに俺のとはどこかちがう男らしい手が絡みついている様を俺はただ見つめていた。

「そんな悠真にはイタズラしちゃおう」

頭上から降ってくる楽しげな声に俺の口元が引き攣る。
もうこの男に抱きしめれられているという状況が俺にとってはイタズラというか嫌がらせに近いものなので勘弁してくれないかな。なんて思ったのと同時に、体がふわりと重力に逆らって持ち上げられた。何事かと目を丸くする俺の視界にどどんとパンプキンのドアップがうつりこんできて、そこでようやく自分がいわゆるお姫様抱っこをされているのだと気がついた。

「は?え?んん!?」
「混乱してる悠真もかわいいよ」
「んんん!?」

あまりの出来事に言葉を上手く発せない俺に鳥肌もののセリフを吐きながら、パンプキンは進むよどこまでも。思いのほか揺れの少ない腕の中でどこに向かうのかと窺っていれば、なんのその目的地は万年床と化している布団の上でした。…え。布団?

「さてと、気をとりなして―――」

俺を静かに布団の上に降ろしてパンプキンがおもむろに、その、禁断のパンプキンへと手を伸ばし、そして、ついにパンプキンのヴェールが明かされる。

「トリックオアトリート悠真!――まぁ、お菓子くれてもくれなくてもイタズラしちゃうけどね!」
「…!き、金髪碧眼だと!?」

パンプキンの言葉はまるっとスルーして、俺は驚きの声を上げた。
視線の先で揺れる金色、真っ青な空を連想させる綺麗な碧。どうりで日本人離れした体格をしているわけだ。
なんと、パンプキンから生まれたのは金髪碧眼の美形でした。おとぎ話に出てくる王子様みたいに格好良い奴がパンプキンの中身だったなんて、残念すぎて言葉がでないぞ!こんなに格好良いのに俺なんかにイタズラしたくて部屋に不法侵入してなぜかパンプキンかぶってそしてなぜかジョ○立ちしながら待っていたとか残念すぎるだろ!パンプキンじゃなくて白馬に乗ってどっかの令嬢にでもイタズラしてくれば良いのに、なんで俺にしちゃったんだこの人。とここまで予想斜め上以上の美形だと逆に俺の方が申し訳なくなってきた。

「大丈夫だよ悠真。愛の前に人種なんて関係ないからね」
「へ?あ、いや別にそんな心配してな…って、ちょっ!どこに手入れてんだよ!?」

なかなかお目にかかれないくらいのご尊顔と自分好みの声に気を取られていれば、なにやら服の中に侵入してくる気配を感じて我に返る。驚いて見やれば、服の下で何かがもぞもぞ動いていた。そしてそのもぞもぞの正体である男は、それはもういい笑顔でのたまった。

「大丈夫。痛いことはしないから!」
「ひぃぃぃ!じゃあ一体なにするつもりだよ!」
「何ってそりゃあ…ナニに決まってるだろ?悠真」

決まってねぇよ!なにも決まってないよ!あと言ってる本人が頬を染めるな!

「うぅっ、夢ならさめてくれ、今すぐに」
「はは。そんな勿体無いことするわけないじゃん」

そう言って笑いながら覆いかぶさってきた男の口と俺の口がくっ付いただなんて、俺は信じない。ましてや朝がきて昼になるまでベッドの上でイタズラされ続けたなんて、俺は、俺は絶対に信じないんだからな!!!





そんなこんなで迎えた翌日。

「Happy Helloween!」

弾んだ声で見た目王子様、中身変態パンプキン野郎が言う。
なんにもはっぴーじゃねぇよ。
そんな俺の心の叫びは散々あえがされ掠れてしまった声では届かず、『来年も一緒にはっぴーになろうね!』とはしゃぐ変態を前に為す術もなく項垂れるのであった。













「…くそぉ、来年は絶対魔除けの札飾ってやる」
「大丈夫!俺たちの愛の前では悪魔も素っ裸で逃げ出すよ!」
「俺が素っ裸で逃げたいよ!」
「きゃっ!悠真大胆!」
「〜っ!!」

変態には、何も言っても無駄みたいです。






☆Happy Helloween!★


End



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