策士は一計を案じる





俺の友人はとてつもなく律儀である。
律儀な上に、とても誠実だ。そして美形。そして、美形。(ムカ…大切な事なので二度言ってみた)
律儀で誠実で美形とかどんなギャルゲーだと思うが、実際にそんな奴がそばに存在するのだから神様ってどこまでも不公平だと思う。俺なんてかろうじて平均身長に届いたくらいしか与えられてないのに…。顔だって頭だって運動神経だって、並しかないのに。…いやいや、自分を卑下しちゃダメだぞ俺。何事も普通が一番。普通がいいってもんだ。うんうん。普通、万歳。滅びろ、パーフェクトイケメン!と粗方思いの丈を語ったところで話を元に戻そう。

「あ、そうだった。ごめんなナオ、今週の土曜どこか連れてけって直美が煩いからデートすることになったから遊べなくなった」

俺の中で話を元に戻した瞬間、タイミング良くそう言って申し訳なさそうに眉を下げるのは、件の友人である阿佐岡だ。ちなみに直美とは阿佐岡が一ヶ月前から付き合っている彼女の事だ。ショートヘアのちょっと強気な女の子で、一度しかあったことはないが中々に可愛らしい顔した女の子だった。ような気がする。(阿佐岡はあまり彼女に俺を会わせようとしないので、いつもその顔はうろ覚えなのである。)
俺にはよく分からないオシャレな髪色が阿佐岡の端正な顔をより際立たせるように揺れる。今日も変わらない美形具合に舌を巻きつつこれまた常套句と化してしまった言葉を口にする。

「あー…、なんていうか本当に律儀だよな、お前って」

染み染み。
阿佐岡とつるむようになってからなんどこの言葉を口にしてきたことだろう。事あるごとに、それこそ告白されただの彼女といついつ遊びに行くなどとその他諸々の予定を報告してくる友人に幾度となく言ってきた言葉。そのお陰でなぜか俺は阿佐岡の一週間の予定を完璧に把握し、阿佐岡もまた俺の一週間の予定を完璧に把握しているという実に謎な状況が発生している。今ではすっかり使い古されたそれは、俺の口に定着して馴染んでしまっていた。そうして阿佐岡が返してくるであろうそれも、きっと阿佐岡の中で定着して馴染んでしまっているに違いない。

「そんなことないよ。ていうか俺がこんなこと言うのお前だけだし」

他のやつにはいちいちこんな事言わないよ。

やはり続いたいつも通りに俺はなおざりにはいはいと頷いた。
本当に、美形なくせしてこんな平凡に言うセリフじゃないよな。と当初から抱き続けている疑問が今日もまた脳裏に浮かぶが俺はそれを口にする事はない。なぜならその問答が大変無駄な事であると今までの経験からすでに学習済みだからである。俺は同じ轍を踏むほど愚かではないのだ。
それでもやっぱりこの友人の律儀具合には首を傾げてしまうのだが、いい加減そのやり取りが一年も続けば人間慣れるもので、最近では先程みたいになおざりに頷いてしまえるくらいには慣れてしまった。

「あー、…じゃあ今週はお泊り無しか」

ここしばらく土日は阿佐岡の家に泊まるというスタイルが定着していので用事があるなら無理かとこぼした言葉に、阿佐岡が慌てたように口を開く。

「あ、でも、夜には帰ってくるから、ナオが良ければ、俺ん家で待ってて欲しいなー…なんて思ったり、思わなかったり」

「どっちだよ」

「待ってて欲しいです」

どっちつかずの阿佐岡に呆れ半分で聞けば、今その顔をする必要はあるのかと思う位の真剣な顔で即答されつい笑ってしまう。
俺に笑われたと気付いた阿佐岡が真剣な顔から一変してどこか恥ずかしそうにけれどその恥ずかしさを誤魔化すように拗ねた表情を浮かべるものだからますますおかしくて仕方が無い。

「なら夕方くらいにお前ん家に行って待っとくよ」

「マジで?!じゃあ夜飯までには戻るから一緒に食べような!」

「いやいや。そこは直美ちゃんと食べてこいよ」

「やだよ。俺は直美よりナオと一緒に食べたいんだもん」

だもん。って大の男が何言ってんだ。大体彼女と友達だったら普通彼女の方を優先するもんじゃないのか?悲しいことにこれまで異性とお付き合いしたことのない俺には彼氏彼女の関係がよく分からないからなんとも言えないが、どうなんだろう。

「それにナオの作った飯の方が美味いし」

「それは言い過ぎだっての。それに俺の料理が美味いんじゃなくて、おばさんの料理が美味いの」

「でも、ナオ母さんと一緒にご飯作ってるじゃん。それってつまりはナオが作ったってことだろ?」

「いや、まぁ、たしかにそうなんだけどさ…。でも俺食材切るのとか手伝ってるだけだし、味付けはほとんどおばさんだし」

満面の笑みの阿佐岡に気圧されて言葉がもにょもにょと尻込みしてしまう。
土日を阿佐岡の家で過ごすようになってから毎度毎度泊まるだけでは申し訳ないと始めた阿佐岡家のご飯の手伝い。けれど今まで家でも手伝ったことのない俺の料理の腕はそれはもう酷いものだった。包丁なんて学校の家庭科の授業で触るくらいだったので、猫の手?なにそれかわいい。状態で何度包丁で指を切りまくったことか。その度阿佐岡がこの世の終わりとばかりに心配するので大変だったな、そういえば。今ではおばさんの教えのお陰で指を切ることはなくなったから大丈夫だけど、いやはや本当に大変だったぜ、あの時の阿佐岡を宥めるのは。

「それでもいいんだ。ナオが俺のために作ってくれようとしてるだけで、俺は嬉しいから」

「…お前よくそんな恥ずかしいことサラッと言えるよな。てか、別にお前のためじゃないし。ほら、アレだよアレ。一宿一飯の恩義?みたいな!」

「そんなの気にしないでいいのに。本当にナオは律儀だなぁ」

「いやいや。律儀なのはお前の方だから。俺の律儀さなんて阿佐岡の律儀さからすれば米粒みたいにちんけなものだからな?」

俺の料理の腕が上達するにつれ心配阿佐岡くんはすっかりなりを潜め代わりとばかりに出てきたべた褒め阿佐岡くんに頭を撫でられながら言えば、それさえ可愛い子供の戯れとばかりに顔を緩ませる友人の姿になんだか俺はその将来が心配になってしまう。
絶対こいつ子供が出来たら親バカになるな。そんで構い倒しすぎて子供から「父さんウザい」とか言われて落ち込むタイプだ。
なんて勝手に俺から将来の展望をたてられているとも知らない阿佐岡は変わらずの緩み顔で笑みを深くした。

「じゃあ土曜日、ご飯作って待っててな」

「…おう。まかしとけ」

なんだこれ。どこの新婚夫婦の会話だよ。と思わないでもないが家に泊まりに行くほど仲のいい友人が阿佐岡しか居ない俺にはいまいちこの関係が世間一般の友人同士の距離感として近いのか遠いのか良く分かっていなかったりする。もしかしたら友人の家に泊まりに行ってご飯を作って待ってるのも、一緒にお風呂に入るのも、膝枕でテレビを観るのも、夜同じ布団に入って眠るのも、時折戯れのように互いの頬にキスを落とすのも、友人同士の距離としては正しいのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

「そんで夜はナオがやりたいって言ってたゲーム買ったから一緒にしような」

「え?あれ買ったの?!やるやる!」

でもまぁ、阿佐岡が嬉しそうに笑うのを見るのは悪い気がしないので阿佐岡の好きなようにさせてやるかと結論に至るのがここ最近の常である俺だった。
やっぱり友達が嬉しそうにしてると嬉しいからな。
せっかく出来た友達なんだから、大切にしないと。
そう決意を新たにして、俺よりも嬉しそうに笑う阿佐岡と休日の算段をつけるのだった。







おかしい。
俺は目の前でのんきに弁当を食らう阿佐岡を気づかれないようにガン見しつつ、最近ずっと頭の中をグルグル回っている単語をおかずとともに飲み込んだ。
ゴクリ。モグモグ。
うん。やっぱりおかしい。
そう思うのはこれで何度目だろう。最早正確な数字が分からなくなるほど最近俺の頭の中はその事で一杯だった。
こうして一緒にごはんを食べたり、日常生活も会話もおかしいと思う以前となんら変わりはない。のだが、

(阿佐岡、また告白されるの事前に教えてくれなかった)

そう。以前はあれだけ律儀すぎると思っていた阿佐岡の予定報告会がここ数週間全く行われていないのだ。
今日だってそうだ。今は普通に一緒にご飯を食べているが、実はさっきまで阿佐岡は女生徒に呼ばれてこの場には居なかった。だから残され俺は一人寂しく弁当をひろげて先に食べ始めていたのだが、その状況こそがおかしいのだ。
だって今までならこちらが聞いてもいないのに今日どこどこにいつ女生徒から呼び出されたと逐一報告していたのに、なんの報告もなかった。何時ものように昼休みになり、さてお弁当を食べるかとなった途端『ごめん。用事があるからナオ先に食べてて』といきなり言い渡して阿佐岡は何処かへと行ってしまったのだ。教室を出る際、その扉の向こうに恥ずかしそうに待っていた女生徒の姿が見えて、その様子からするにその用事が告白であると容易く推測できた。できたはいいが、俺はその事を阿佐岡本人の口から聞いていない。そしてそんな事がここ数週間ずっと続いているのだ。
前はあんなに事細かに用事の内容まで教えてくれていたのに、それが今では全てを『用事』一つの言葉で片付けてその内容を一切教えてくれなくなった。それに比例するように一緒の登下校やお泊まりの回数も減ってるし。

(俺、なんかしちゃったのかな…)

どこかよそよそしい阿佐岡の様子にそんなことを思うけど、何かしてしまった記憶がないので解決策を講じたくても講じられない現状に俺の中で何とも言えないモヤモヤがたまっていく。
面と向かってどうして最近そんなによそよそしいのかと聞ければいいのだが、そんな度胸も勇気もない俺は雪みたいにモヤモヤを積もらせることしかできなかった。
最近お泊りの回数も阿佐岡の家に遊びに行く回数も減ったせいであのゲームもクリア出来ていないままだし。なんとも踏んだり蹴ったりである。
それになによりも、

(…なんか、寂しいな)

あんなに近かったはずの阿佐岡との間にできた見えない隙間が、寂しくて仕方がなかった。あった時はあった時でわざわざそんな事伝えてなくてもいいのにと思っていたのに、無くなったら無くなったでなんだか物足りなさを感じて物寂しくなっているのだから自分勝手もいいところだ。でも、それでも以前のような阿佐岡に戻って欲しいと思っている自分がいるのは確かで、前みたいに阿佐岡の家に遊びに行って、土日は毎回泊まりに行ったり、時々は阿佐岡が俺の家に泊まりにきたり…という生活が戻ってくるのを望んでいる。
もし、このまま少しずつ少しずつ阿佐岡との隙間が大きくなって、いつの日か埋められないくらいその隙間が広がってしまったらーーー。考えたくもないけどそう遠くはないであろう未来を想像して足元から嫌な感覚が這い上がってくる。椅子に座っているのに世界がグルグル回る。嫌だ。阿佐岡と一緒に居られなくなるなんて。俺は強くそう思う。前は一人で居ることなんて平気だったけど、阿佐岡の存在を知ってしまった今では随分と心のあり方が変わってしまった。きっと今の俺の心は一人で居る事に耐えきれない。
だって俺は誰かと一緒に居る安心を、誰かと一緒に食べるご飯の美味しさを、誰かとくだらない話をして笑い合う楽しさを、誰かに心配される喜びを、そして自分に向けられる笑みの暖かさを、知ってしまった。
それなのに今さら一人に戻るなんて、無理な話なのだ。
知らないからこそ平気でいられたけど、今の俺は色んなものを知ってしまったから。

(あぁ、やだな…)

やたら暗い方へといってしまう自分の思考も、どうにも出来ずにその場であたふたするしかない今の自分の状況も、気が滅入って仕方が無い。

「…オ、ナオ。ナーオ!」

「え?あ、なに?どうしたの阿佐岡?」

「どうしたのはこっちのセリフだよ。さっきから全然弁当食べてないけど、具合でも悪いのか?」

どうやら思いの外深く考え込んでしまっていたようで、阿佐岡の呼びかけに反応するのが遅れてしまった。そんな俺の様子に益々阿佐岡は端正な顔を心配気に歪めると、机越しに俺の顔を覗き込んでくる。近づいてくる整った顔に途端にどうしてか胸がざわつく。前まではこんなこと無かったのに、阿佐岡が俺を避け始めてからなんだか阿佐岡の声が視線が距離が気になり出して仕方がなかった。
ナオとあの声で呼ばれれば嬉しくなって、視線が俺だけに向けられれば安心して、距離が縮まれば胸がざわざわする。
以前にもまして、『阿佐岡』という存在が気になって目で追ってしまう。

「…ナオ?」

「ーーあぁ、うん。大丈夫だよ阿佐岡」

今だって俺を心配する言葉を紡ぐその口元から目が離せない。
薄く、綺麗な形のその唇から出てくる声が俺の耳から入ってきて、ゆるゆると脳みそを締めげるみたいに阿佐岡の低音が染み込んでいく。

「…そうか?ならいいけど、あんまり無理するなよ?」

「うん。ありがとな阿佐岡」

「なんかあったら何でも言えよ?俺に遠慮なんてしなくていいからな?…頼りないかもだけどさ、ナオの助けになりたいんだ。ーーー俺にとってナオは誰よりも大切な存在だから」

「…阿佐岡」

真剣な顔と声でそう言ってくれる阿佐岡に胸のあたりがじんわりと熱を持って暖かくなる。こんなにも俺のことを考えてくれる阿佐岡に嬉しくなると同時に、胸の奥で仄暗いものが灯るのが分かった。
それは、自分のことを真摯に心配してくれる阿佐岡への優越感と、そんなにも自分のことを心配してくれるのに距離を取ろうとする阿佐岡への焦りにも似た憤りがない交ぜになったようなドロドロとしたものだ。
嬉しいのに、苦しい。
相反するこの気持ちはなんだろう。でもきっと、この感情は友人に対して抱く種類のものじゃないんだろうなとは感じていた。これは、俺が思う友情とはなんだか違う気がするのだ。
だから近頃抱くようになったその感情にどうしたものかとまごつく自分を隠してごまかす。

「本当になんでお前サラッとそんな恥ずかしいこと言えちゃうの?…そんなに俺をたらしこんでどうすんだよ」

どこまでも冗談っぽく、けれどほんの僅かな本気を混ぜた問いかけに阿佐岡はにっこりと笑う。
花が綻ぶなんてものじゃない、視界全てを奪われるような笑みにドキリと心臓が波打った。
どうやらイケメンの笑顔は女性にとどまらず男に対しても破壊力は抜群らしい。

「そしたらたらしこんだ責任としてナオをお嫁さんに貰おうかな」

「……はい?」

「うん。そうしよう。だからナオももっと俺に惚れていいよ?」

なんてとってもとってもいい笑顔(ウィンク付き)で宣う阿佐岡に空いた口が塞がらない。
なにを言ってるんだこいつは。と思うと同時にさっきまで胸の底でもやもやとしていたものもどこかに吹き飛んで、次いで腹の底からくつくつと笑いが込み上げてくる。
予想以上の悪ノリっぷりに思わず吹き出した俺に頬を膨らませた阿佐岡が「笑うなんて酷いな。俺は本気なのに」と悪ノリを重ねてくるものだから益々おかしくてここ最近のもやもやも忘れて俺は声をたてて笑っていた。

「いやっ、だから!お前恥ずかしすぎ…っ、てかなんだよお嫁さんって!俺は男だっての!」

笑いのせいで息も絶え絶えになる俺に『じゃあ』と悪ノリからなかなか抜けない阿佐岡が続ける。

「結婚を前提にお付き合いしよう、ナオ」

「ぶはっ!だからっ、俺男…っ」

キリリとキメ顔で俺の手を握りこむというオプション付きで言い切る阿佐岡に今度こそ俺の腹筋は崩壊した。
実はここが教室の中で、阿佐岡に手を握られながら大笑いする俺にクラスメイト達が遠巻きに向けてくる視線にも気づかず笑い続ける俺。
込み上げてくる感情のままに俺は笑う。
でも、まさか遠くない未来に阿佐岡の言ったことが本当に実現するなんて、笑いこけるその時の俺は思ってもいなかった。
あんなに事細かに行われていた報告会がパッタリ無くなった理由が、
俺が感じていた阿佐岡との隙間が、
俺を不安にさせてより阿佐岡の存在を意識させるためで、
全部が全部阿佐岡の策略でいつの間にかその策に嵌められているとも知らず俺は久々に埋まった阿佐岡との隙間に胸を弾ませる。

「愛があれば性別なんか関係ないんだぜ?」

「ひーっ!もうやだ!お前そのキメ顔やめろ!笑い死ぬ!」

「えー。人のキメ顔見て笑うとかナオくんひどーい」

「ぶふぉあっ!」

「…え。そこまで?そこまで俺のキメ顔アウトなの?」

またしてもキメ顔で言ってのける阿佐岡に俺の笑いは最早哄笑の域に達した。
笑いすぎてもう自分の笑い声以外聞こえなくなるほど、俺は腹を抱えて爆笑していた。







「…俺、本気なんだけどなぁ。でも、まいっか、」






その内身を以て分かるだろうし。




だからそんな阿佐岡の呟きは俺の笑い声にかき消されて、俺の耳に届くことはなかった。




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