午前零時半にて

 お客×コンビニ店員







 家の近くのコンビニでバイトを始めて二年半。二年半という期間は中々に長いものでコンビニのバイトながら顔馴染みなんていうお客ができたりすることが判明した。通学や通勤の電車やバスで『この人いつもこの時間帯に乗ってるな』みたいなのと似たような現象が、とあるバイト先のコンビニでも起こり得るのだ。

 こと俺に関しましても、二年半という期間の間に顔馴染みと呼べるお客が出来ました。

 まぁ、顔馴染みなんて言っているけど別に親しいわけではない。本当に『見慣れた顔』というだけで、言葉だって俺のマニュアル通りの『ありがとうございました』に『ありがとうございます』返しでしか交わしたことがないし、なにより向こうが俺のことを覚えているかもわからない。なんたって俺の顔はなんの特徴もない顔だからな。
 つまりは、俺が一方的に顔馴染みだと思っているだけなのである。そしてそんな俺から一方的に顔馴染みにされてしまったお客さんはいつも決まった曜日と時間にやってくる。

 (あ。やっぱり今日もきた)

 火曜日になったばかりの午前0時半。お客さんがまばらな時間帯にせっせと品出しを始める頃、来店を知らせる音楽と一緒に例の顔馴染みさんがやってきた。

 「いらっしゃいませー」

 これまたマニュアル通りの言葉を口にして、チラ見した後俺は雑誌の品出しを再開する。そうしていれば雑誌コーナーに近づいてくる気配を感じて、今日もブレないその行動パターンになんだか笑ってしまう。
 俺のすぐ横でピタリと、誰かが止まる。誰かなんて分かりきっているが、無視はいけないので顔をあげて確認すれば予想通り件の客がそこにいた。いくら俺が座って作業しているからとはいえはるか上にあるその顔を見上げれば、なんだか所在無さげに眉毛がはの字になっていた。それもそのはず。お客さんのお目当ての物は、俺が座って作業している場所に位置する所に置かれているのだ。これを取る為には俺にどいてもらうか、無理矢理腕を伸ばして俺を押しのけるようにして取るしかない。ここで店員である俺が取るべき行動は前者の方なのだろうけれども俺はお客さんの顔を見て毎度の事ながら心の中で感嘆の声をあげていた。

 (はの字眉毛でもイケメンだなー)

 なんて思っている暇があるならどいてやればいいのに、というかどくべきなのに、思わずぼへーっといつ見てもシャキッとしているイケメンお客さんを見つめる俺。

 そう。もうお分かりだろうが、俺が一方的に顔馴染みだと認識しているお客さんは他に類を見ないほどのイケメンさんなのだ。このコンビニで働いてる人達全員に満場一致でイケメン認定されたほどの八頭身美形さんなのだ。ちなみに深夜のシフトに入れない女性たちはわざわざ深夜にその顔を見に来て鼻血をだしながらイケメン認定を下していた。女のイケメンに対する執念恐るべし。
 依然はの字眉毛のイケメンと、そんなイケメンを見つめながらも黙々と作業を続けている俺。手はちゃんと動いてるからサボりにはならないぜ。はたからみたらお前ら何してんの状態に先に根をあげたのはイケメンの方だった。はの字眉毛のまま、お客さんが形のいい唇を開く。

 「あの…」

 「あ。すみません。これですよね?」

 「え?!なんで分かったんですか?」

 「…あ」

 申し訳なさそーに声をかけてくるお客さんが何かを言う前にいつもお客さんが買っていく毎週月曜発売の某有名少年漫画雑誌を手にして渡したらはの字眉毛からびっくり顔になった。びっくりした顔でもイケメンはイケメンのままだった。
 びっくりしながらも律儀に俺が渡した某有名少年漫画雑誌を受け取ったお客さんの言葉に、今度は俺がびっくりする番だった。いや、びっくりというよりは『しまった』という感じだ。だっていきなり見知らぬ店員からこれですよね?っていつも買ってる商品渡されたら、え。なにこの人ストーカー?とか思わねぇ?俺ならそう思ってしまう。(おい。誰だ自意識過剰とか言ったやつ。平凡野郎にはストーカーなんかできねぇって?そんなの俺が一番分かってるんだよ)なによりこのお客さんは類を見ないほどのイケメンだからそういう被害にあってそうだし。うわー。何も考えずに行動しちゃったけど大丈夫かな。この人変態とか思われてねぇかな。

 「えっと、あの…いつもこの日にそれ買ってるので今日もそうなのかなって思って…」

 「え!覚えてるんですか?!」

 「えぇ、まぁ…」

 毎週買ってればさすがに覚えるというかなんというか。だから別にあなたのストーカーとかじゃないんですよ。いわばこれは職業病なんです。うんたらかんたら。
 そんな思いからしどろもどろとしてしまう俺の返答にお客さんは胸に某漫画雑誌を抱えたまま『うわー、恥ずかしい…!』と顔をおおいだした。いきなりの奇行に俺の頭上にクエスチョンマークが乱舞する。
 え?なに?なにがそんなに恥ずかしいの?もしかしてそんなにイケメンなくせして顔を覚えられて無いとか思っていたのだろうか。こらこら。馬鹿も休み休み言ったほうがいいぞ。貴方ほどのイケメンの顔を忘れる方が逆に難しいですからね。
 なんて頭の中で考えている間も、変わらずお客さんはこちらが不思議に思うほど恥ずかしい恥ずかしいと呪詛のように繰り返している。
 いや、だからなにがそんなに恥ずかしいんですかイケメンさん。

 「まさか俺が甘い物買ってるのもバレてました…?」

 「えぇ、まぁ」

 「わー!恥ずかしすぎるっ!」

 「……」

 バレてるどころか、何度かレジ打ちもしましたよ俺。
 ばっちり現場抑えちゃってますよ。
とか言ったらこの人今にでも羞恥で憤死しちゃいそうだな。
 だって俺の肯定に耳まで真っ赤になってるし。そんなにスイーツ好きってバレるのが嫌だったのか?俺も甘い物好きだけど、別にそんなに恥ずかしいとか思ったことないぞ。…それにしてもイケメンが胸に漫画雑誌抱えたまま顔を覆って恥ずかしがってるのって、結構シュールな上に貴重だよな。面白いから写メってもいいかな?
 こっちの様子を伺うように遠くの方から店長が『大丈夫か?』と送ってくるアイコンタクトに同じく『大丈夫です』とアイコンタクトで返して、ひーひー言ってるお客さんをぼんやりと見上げた。
 スラリとした体型によく合うシックな服に、明るすぎない色に染められた髪をいい感じに遊ばせていかにもオシャレイケメン!なのに、何をそんなに恥ずかしがる必要があるのだろうか。ここまでイケメンだったら逆に甘い物好きっていうギャップ萌え狙えそうなのに。

 「…じゃあもしかして俺がみたらし団子買ってたのもバレてました?」

 「羊羹も買ってましたよね」

 「!!」

 指の隙間から片目だけ覗かせて恐る恐る聞いてくるお客さんにとどめとばかりに付け足したらこの世の終わりみたいな雰囲気がお客さんをつつみこむ。
 しまった。ついうっかりとどめをさすようなことを言ってしまった。なぜかこのお客さんを見てると俺の中に眠る嗜虐本能がくすぐられるんだよね。おかしいな。俺別にSじゃないのに。

 「うぅ…っ、まさかそんなにバレてたなんて。…松前さんに甘い物好きだってバレちゃってるし…マジで恥ずかしすぎる」

 顔をおおったままなにやらブツブツ言っているお客さんに本気で心配になってくる。まさか俺のうっかり発言でここまで取り乱すとは思わなかった。いささか取り乱しすぎのような気もするが。ていうか、それよりもさっき俺の名前が聞こえてきたような気がしたんだけど、なんでお客さんが俺の名前知ってるんだろう?え、まさかお客さん俺のストーカー…って、そういえば名札に名前書いてあったか。その為の名札だもんな。てかその前にこんなイケメンが俺みたいなののストーカーになるわけないじゃん。自惚れんなよ平凡が!ん?ということはあれか。実は俺も店員としてお客さんにしっかりと顔を覚えられていたって言うことだよなそれは。…おぉ。なんだろう、なんか恥ずかしいぞ。と一通り自分に自分で突っ込みを入れたところで雑誌の品出しも終わったので俺はよっこいせと立ち上がる。
 立ち上がったことによって縮まるかと思えば、頭いっこ分くらい残る距離に改めてお客さんの身長の高さに驚いてしまう。俺だってこれでも一応平均身長はあるのに、お客さんはそれをゆうに超えている。モデルとかやったら速攻で売れそうだ。

 「…あの、松前さんは甘い物が好きな男って、どう思いますか?」

 「…へ?」

 もしかして俺が知らないだけでモデルとかやってたりするのかな。でもそれなら同僚の女性達が知らないわけないし…。とか相手が顔を覆っていることをいい事に不躾なまでにガン見して思考を巡らせていたらお客さんがそんなことを言ってきて反応が遅れてしまう。そしたら何か意を決したらしいお客さんが顔を覆っていた手をどかして、俺をじっと見つめてきた。

 「…やっぱり甘い物好きの男って恥ずかしいですよね」

 「え?いや、」

 なんだろう。お客さんの頭の上に垂れた耳が見える。なんかショボンってしてる、あるはずのない耳と尻尾が見えるんだけど。これは一体どんなトリックだ?まさかお客さんはモデルじゃなくてマジシャンだったのか?!

 「あの、えっと、別に恥ずかしくないと思いますよ?俺も甘い物好きですし」

 「え?!松前さん甘い物好きなんですか?!」

 「え?!好きですごめんなさい?!」

 「好き?!…あ、ちが、甘い物のことか」

 あまりにもショボンとして可哀想すぎたので実は俺も甘い物好き男子ですよ仲間ですよと打ち明けたら、予想以上の食いつき具合になぜか謝ってしまう俺。そして俺のセリフに顔を真っ赤にさせたかと思えば、なにやら落胆しだしたお客さんをなんとは無しに観察していたらバチリと目が合って『ひぃぃっ』と再びお客さんは顔を覆ってしまった。

 …見た目によらず、すっごい恥ずかしがり屋さんなんですね。俺、全世界のイケメンは『むしろ俺を見ろ』ってぐらい自意識過剰のナルシスト野郎なんだと思ってました。

 「松前〜」

 「あ、はい。何ですか店長?」

 そんな偏ったイケメン知識を改めたところで、それまで様子を伺うだけだった店長に呼ばれてそう言えば仕事中だったと思い出す。辺りを見渡せばいつの間にか目の前のお客さん以外にもちらほらと人が増えていて、思ったよりもお客さんとの会話に意識を持って行かれていたことに気づく。

 (来店の音楽に全く気がつかなかった…)

 さすがにこれ以上のお喋りは緩い店長でもお叱りが飛んでくるか。と未だ顔をおおったままのお客さんに『失礼します』と声をかけて品出しで出た諸々のゴミを抱えて店長の方へ行こうとした。ら、

 「あのっ、俺っ、天王寺司って言います!」

 さっきまで顔を覆っていたお客さんの手に腕を掴まれて、真っ赤な顔で自己紹介をされてしまった。
 天王寺って、イケメンは名前までかっこいいのか。
 迫力にのまれて何も言えずに固まる俺をひとりおいて、お客さん…もとい天王寺さんは叫ぶように宣言した。

 「えっと、それでっ、また来ます…っ!」

 また来ます…というのが頭の中で何度も反響して木霊する。ドッドッドと頭の奥で鳴るのは天王寺さんの言葉の残響か、それとも俺の心臓か。いまいちよく分からなかったが、身体の熱は上がったような気がした。

 「あの…」

 いちいち俺なんかに言わなくても、コンビニなんて気の向くままに来てくれていいんですよ。それにまた来ますと言っても、貴方が来る日に俺が居るとは限らないですよ。と至極真っ当であろう返答をどうしてか必死な顔した天王寺さんには言えず、なぜだか真っ赤な顔の天王寺さんと掴まれた腕の暖かさに胸のあたりがほっこりしてしまった俺は代わりとばかりに、


 「…はい。お待ちしてます」


 なんて照れ笑いながら恋人の来訪を待つうら若き恋する乙女のようなセリフを口にしていたのだった。



 END



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