king of prince 2
 


  ◇

 恋文が送られてくるようになってからしばらくしてから、俺は誰かの視線を感じるようになっていた。
 ふとした瞬間に『見られている』と感じるのだ。
 それは学校だったり、通学路を歩いているときだったり、外に出かけたときだったりと様々だった。でも学校にいるときが一番視線を向けられる頻度が高いような気がする。チリチリと肌を焦がすような、そんな熱視線がいつのまにか俺に向けられるようになっていた。その視線に気がついてまわりを見渡すけれど、誰が見ているのかは分からなかった。でも俺がキョロキョロしだすと視線を感じなくなるから、近くにいることはたしかなのだ。たぶん。
 同じクラスのやつだろうか…、それとも別のクラス……?
 思い出せるだけ生徒の顔を思い出すけれど、なんど考えても写真や恋文を送り届けてくれるほど俺が大好きでたまらない人間がいるとは思えない。
 そもそも俺はそんなに交友関係は広くないし、行動を共にしている人間は限られている。その上コミュ障だから他のクラスメイトたちとも必要最低限しか会話をしたことがないし。なにより俺の凡庸なる容姿と中身に惹かれる人間がいるとは思えない。げんに恋文を送られ、視線を感じるようになった今でも信じられず、名医を見つけて紹介したいくらいだった。
 もちろん恋文のことを含め友人に相談した。そしたら俺と同じことを思ったらしく『その場合眼科と精神科と内科と外科のどれに相談したらいいのかな』と一緒に悩んでくれた。やはり持つべきものは友である。
 残念ながらそのときは評決にはいたらなかったが、こんなことになるならちゃんと決議しておくんだった。と目の前に広がる“俺”たちを見つめて思う。
 どこがいいのかとか悩む前に大きな大学病院にでも連れて行ってあげるべきだった。誰を連れていけばいいのかは分からないけどね!
 姿なき犯行ゆえの悲しい現実である。
 本当にもう、現実ってなんだっけ?
 天井に気を取られて気がつくのが遅れたけれど、四方向の壁にそうように置かれたガラスケースの存在。そしてそのガラスケースの中にはいままで修行に行っていたと思っていた俺の物たちがまるで高価な宝石のように並べられていた。それも日付別に。
 ◯月×日。 慧夢の愛らしい唇に触れたショーコをお迎え。
 説明書きのように書かれたそれに俺は高速で首を横に振る。いやいやいや。お迎えさせてないから。俺は一生ショーコを嫁にやる気はなかったからね?
 ◯月××日。 慧夢のよだれがついたノートをお迎え。
 ねぇ!だから!お迎えさせてないからね!!まるで俺が送り出したかのように書いてるけど、俺は送り出した覚えはないからね?!
 そんな調子で並べられているかつて俺の手元にあった物たちを見てげっそり。やぶれかぶれのやつれやつれだ。うん。あまりの衝撃に思考回路がおかしくなってしまったようだ。
 
 「って、よく見たら布団カバーも“俺”じゃねぇかよ!!」

 バフン!とツッコミをいれるように布団を叩く。もふもふと舞う埃と、ふんわりと漂ういい香り。思わずくんくんと鼻で嗅いでしまい「なんでこんなにいい匂いなんだよ!」とどこに向ければいいのかわからない憤りを吠えてみた。
 なんだここは、なんなんなんなんだ。
 俺はいつのまにか木の幹の穴に落ちて不思議なワールドに来てしまったのだろうか。いや、不思議じゃない。ここは不思議ワールドじゃなくて、キチガイワールドだ。ここまで俺を崇めたてるなんて正気の沙汰とは思えない。可愛いウサギなんていやしない。ここにあるのは恐ろしく“俺”だけだった。
 こんなに客観的に“俺”を見つめ直す時がくるなんて思いもしなかった。
 宝石店顔負けに収納された数々に遠い目が止まらない。
 ここはどこで、俺はだれ?なんて大量の“俺”によって俺のアイデンティティーが消失しそうになったとき、部屋に唯一ある扉の向こうからカチャカチャとなにかの音がした。びくりと体を固まらせながら耳をすまぜば、どうやら鍵を開けている音のようだ。
 ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ…。って、おいおいおい、なんこつけてるんだよ!!
 リズムカルに音が聞こえてくるけれど、その数の多さに俺は震えおののいた。だってあれだろ?あの扉の向こうには、おそらく、というか確実にこの恐ろしい“俺”ワールドを創り上げた犯人がいるんだろう?そしてそれはあの恋文を送ってくれていたやつでも、あるのか…?
 いまだにガチャガチャ音を立てている扉をじーっと見つめる。開錠される音だけやっこさんの本気度合いを見せつけられているような気がして体が震えた。だんじて恐怖からではない。こ、これは、武者震いというやつである。
 さぁ!どこからでもかかってこい!!!とか言いつつ実際にかかってこられたら困るけど!
 “俺”がプリントされた布団の上で武者震いする俺。
 どれが“俺”で、どれが本当の俺なのか分からなくなってしまいそうな空間のなか、俺はひたすら扉を凝視し続けた。なんだかもう、俺が俺のなかでゲシュタルト崩壊を起こしていた。
 やがてその瞬間はやってくる。
 ガチャン…。とやけに大きな音を立てて開錠されたなと思ったら、ドアノブがゆっくりと下がっていく。まるでスローモーションのようにゆっくりと下がっていくそれに緊張感を煽られる。
 その向こうには、誰がいるんだ。
 緊張に俺がプリントされた布団を握りしめる。面白いほど大きな音で鳴り響く鼓動の音を聞きながらひたすら俺は扉が開かれていくのを見つめた。
 ギィィ…なんて音を立てながら開いていく扉は、もはやホラー映画だ。ホラー映画が苦手な俺としてはいまにもちびってしまいそうなほどに怖い。
 そしてそんな俺の恐怖を煽りに煽って開ききった扉の向こうから姿を現した人物に、今度は俺は目ん玉が吹っ飛んでしまいそうなほど見開いて予想外すぎるその人の名前を叫んだ。

 「『king of prince』 だと?!」

 「え?king of prince…?俺そんな名前で呼ばれてるの?………あぁ、でも『王様の王子』ってなんか卑猥な響きだよね、隠語みたいで。それに、」

 慧夢(さとむ)が言うとよけい興奮しちゃう。

 なんて言って誰もが見惚れる美貌の笑みを浮かべるのは、我がクラス…いや、我が校……いや、我が地域でかの有名なお方である『king of prince』こと『諸住ケイト』であった。
 どうして有名なのか。
 それは先ほど俺が叫んだ言葉が意味している。
 誰が最初に言い出したのかは知らないが、その言葉が指す人物は一人しかいなかった。それが、いま俺の目の前でどうしてだか魅惑の笑みを浮かべている諸住ケイトなのだ。
 王様なのか王子様なのかよく分からないけれど、諸住ケイトの容姿は御伽噺にでてくる王子様のように整っており、その美貌と存在感の前に膝まつきたくなってしまう気持ちにさせるのはまさに王様。人の目を惹いて、人を従えさせるために生まれてきたような男、それが諸住ケイトだった。
 でもなんでそんな有名人物である彼がこの“俺”で溢れる部屋に入ってきたのか……。
 突然の予想外な人物の登場に、いままで同じクラスでも一言も言葉を交わしたことがない諸住ケイトから名前呼びされた違和感にも気づけない。
 ひたすら頭の上にハテナを浮かべて「え?なんで?夢?やっぱりこれ夢なのか?てか、え?え?」と混乱する俺を諸住ケイトは笑みを深めて見つめている。視線だって合うのはいまが初めてなはずなのに、その視線に既視感を覚えて首が自然と傾いだ。はて、どうして俺はあの視線を知っているような気がするのだろうか。

 「……はぁ。この部屋に慧夢が呼吸して存在しているなんて夢みたいだ」

 疑問を抱く俺を残して諸住ケイトが恍惚と言葉をこぼす。けれどもこぼされた言葉に俺の疑問は解決されるどころかますます深まるばかりだった。下手に手をだして絡まってしまったイヤホンの紐みたいに、俺の疑問はよりぐちゃぐちゃと絡まりあっていく。
 その絡まりを解くことができるであろう人物はスーハーとなんども部屋の空気を吸い込むのに忙しい様子である。うっとりと蕩けた表情は彼の容姿も手伝ってそれはもう耽美でなんだか見てはいけないものを見てしまったような淫靡さも兼ね備えられていたが、この部屋のなかで見ると少しだけ残念な感じに見える。
 
 「えー、えっと、あの……?」

 「ーーーあぁ、いきなりでビックリしたよね?でも慧夢が悪いんだよ?慧夢が焦らしまくるから、俺我慢できなくなっちゃったよ。そんなところも可愛いけど、あんまり『恋人』をほったらかしにしたらダメだからね?」

 「ん?んんんん?」

 「本当に慧夢は心配性なんだから。そんなことしなくても俺は慧夢のことしか目に入ってないし、慧夢に近づく人間はもれなくみんな殺してやりたいって思ってるから安心してくれたらいいのに」

 「ん?!え?んんんんんん???」

 王子様みたいな顔から飛び出てくる王子様とは程遠い内容のセリフに俺の思考は考えることをやめたいでーす、というか意味が分かりませーん!と白旗をふってくる。バタバタと脳内ではためく白旗に思考を任せたくなるけれど、そうするとなんだかとっても後が怖いような気がしてなんとか思いとどまる。
 いつもみんなの中心にいて、ニコニコ微笑んでいた諸住ケイトの印象とは程遠い発言に絡まっていた思考の糸が少しずつではあるが解けていく。そして解けていくたび『まさかね』という思いが溢れてくる。
 いやいやいや、そんな、まさか、あの諸住ケイトがそんなわけ…。
 そんな俺の思いも虚しく、諸住ケイトはにこやかに話を進めていく。

 「そうだ。この部屋は気に入ってくれた?俺の大好きな慧夢でコーディネートしてみたんだ。写真も良く撮れてるだろ?」

 「え?あ、はい?」

 撮れてるだろ?と聞かれて思わず条件反射で答えてしまう俺。だけどその語尾は右上がりの疑問系になっていた。
 
 「慧夢の物は慧夢が恥ずかしがってくれないから集めるの大変だったよ?」

 「え?そ、そうでしょうね…」
 
 だって俺あげる気なかったもん。
 あのガラスケースのなかに並んでいるものはどれも誰かにあげる気も予定もなかったものなのだから集めるのが大変なのは当たり前なのである。そもそも俺と諸住ケイトのあいだにはなにか物をあげたり貰ったりする関係性はなかったはずなのだが。

 「だから伊豆蔵くんには協力してもらって助かったよ」

 「え?伊豆蔵…?」

 いきなり出てきた友人の名前。
 なんでここで伊豆蔵の名前が出てくるのだと不思議がる俺に気がついて諸住ケイトは「あぁ、そっか。慧夢は知らなかったもんね」と笑う。

 「ときどき伊豆蔵くんに慧夢の物を取ってきて貰ってたんだ。ほら、俺いつも人に囲まれててなかなか一人で行動できないからさ」

 困ったように笑う諸住ケイトに俺の思考はフル稼働。ぽくぽくぽく、ちーん。そして理解した現実に俺はむきゃーっと叫びをあげた。

 「伊豆蔵め!!修行とか、誰かに盗まれてるのかもとか言ってたくせに盗んでたのはお前じゃないかよ!バカ!どうせ困った顔した諸住ケイトに頼まれて断れなかったんだろう?!そうだよな、お前は困った人が放って置けない底抜けのお人好しだもんな!!!なんだよ!バカ伊豆蔵!でもそんなお前が嫌いじゃない…!いっ?!」

 「……ダメだろ慧夢?俺以外の人間のことを嫌いじゃないとか言ったら」

 「っ?!」

 一息に言い終わった瞬間顎に痛みを感じた。かと思えば力任せに上を向かされ暗い瞳でこちらを覗き込む諸住ケイトの瞳と視線が合う。諸住ケイトは顎を掴まれ上を向かされたせいでわずかに開いた唇に彼の吐息がかかるほどの近さで俺を覗き込んでいた。
 その口元は笑みを形取っているのに、さっきまで浮かべていたものとはなにもかもが異なっている。間近にある諸住ケイトの瞳のなかには俺なんかが理解できない類の感情がゆらゆら揺らめいており、俺は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。

 「伊豆蔵くんは協力してくれたから許してあげるけど、もしそれ以外の人間のことを肯定するようなことを言ったら『おしおき』だからね」

 「……は、はい」

 「慧夢はいい子だからちゃんと約束、守れるよね?」

 ニコリ。笑みのようでいて笑んでいない顔で言われて俺は分けもわからず「う、うん。俺いい子だから大丈夫!」と元気よく約束をしてしまっていた。いや、だって、なんか逆らっちゃいけないって本能が叫んでたんだ!その本能の雄叫びは正解だったらしく、途端に諸住ケイトの瞳から威圧感は消え代わりに蕩けんばかりの王子様スマイルが浮かぶ。
 俺の本能はどうやらしっかりと俺を守ってくれたらしい。
 と、安堵したのもつかの間唇を這った感触に俺はまたしてもビックリして体を硬くする。

 「ちゃんと約束できたいい子な慧夢にはご褒美をあげないとね?」

 「へ?ご、ご褒美…?」

 いまだかつてこんなに不安になるご褒美という響きがあっただろうか。
 眼前で俺の唇を舐めた諸住ケイトが獲物を前にして舌なめずりする様を見つめながら俺は思う。ペロリと、こんどは俺の唇ではなく自分の唇を赤い舌で意味ありげに舐める諸住ケイトの背後からレンタルビデオショップのピンクの暖簾がかかった部屋の向こうから漂ってくるのと似たようなモノがたちのぼる。
 つまりはあれです。エロスの香りがする。

 「あと、ここまで我慢してた俺へのご褒美でもあるかな」

 自然な流れでベッドに押し倒される。
 ベッドから香るいい匂いと、眼前に広がる俺を見下ろす諸住ケイトの顔と、おびただしい数の“俺”たち。
 なんだかすべてがちぐはぐで、現実味がなくて俺はされるがまま。

 「ーーーあぁ。本物の慧夢だ」

 「……んっ、」

 首元に顔を埋められスンっと匂いを嗅がれる。くすぐったさに鼻にかかった声を短くあげたら諸住ケイトは熱っぽいため息をこぼした。それがまたこそばゆくて身をよじる俺の首すじをれろぉとなにかが這っていく。ぬるぬるとして温かいそれは首筋をたどって耳までたどり着くと、耳朶を這い耳裏まで這っていく。ぴちゃりぴちゃりと耳元で鳴る音が恥ずかしい。だけどそれは俺の体を這うのをやめない。

 「俺がぜんぶ気持ち良くしてあげるからね」

 「ひっ、やめ…っ、んぁっ!」

 「慧夢のぜんぶを舐めて、触って、慧夢だって知らない気持ちいいことをしてあげる」

 じゅうっ。と耳裏を吸われる。少しだけ痛みを伴うその吸いつきに身体が跳ねる。その身体を諸住ケイトがベッドに押さえつけ、低く掠れた声を彼のこと唾液でスースーする耳に押し込んでくる。耳元で低い声で喋られると堪らなかった。自分でも抑えきれないゾクゾクが襲い、腰のところがゾワゾする。
 俺のお馬鹿な頭はなにひとついまの現状を理解することなく諸住ケイトの雰囲気に呑まれていく。

 「…ぁ、なんで?…なんで、もろずみ、が…?」

 「『ケイト』って呼んで、慧夢」

 「ひんっ、なんで…、ケイト」

 咎めるように耳を噛まれて言い直す。
 今日はじめて会話をするはずなのに諸住ケイトが俺の名前を呼ぶ声には驚くほど感情が詰まっていた。なにがどうなっているのか、諸住ケイトに刺激を与えられている状態では考えることができない。

 「なんでもなにも、俺たちは『恋人』同士なんだから当たり前だろ?」

 いや、だから、そもそも俺たち付き合ってないし、お友だちですらないですよね?!
 という言葉は、








 「愛してるよ、慧夢」

 「んむっ!」


 なんていう甘い囁きを落とした諸住ケイトの口のなかに食べられる。
 そうして、あのとき写真と恋文だけなら自分に害はないからいいかと終わらせなければよかった。と翌日諸住ケイトに愛された体を“俺”ベッドに横たえながら後悔することになる俺なのであった。




 END



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