king of prince 1

ストーカー×平凡/高校生/同級生
ストーカーされちゃった…外立慧夢(はしだてさとむ)
ストーカーしちゃった…諸住ケイト(もろずみけいと)








 目を開けたら俺がいました。
 いや、正しく言うならば…『目を開けたら天井、壁一面に貼られた俺の写真がいました』だな。
 ちなみに今俺の目の前ど真ん中ストレートにある写真はエロ本をみてだらしなく笑っている俺の周りをなぜかキラキラと加工したそれはもう気持ち悪い一枚となっている。
 って、まてまてまてまてまてまて。どうして家族のいない日を狙って自分の部屋でこっそりエロ本見てた時の俺の写真があるんだよ。言っておくが、エロ本を見ている己の姿を写真に収めるという変な趣味は、俺にはないからな。俺はそこまでナルシストじゃない!そもそも俺の容姿じゃナルシストにもなれないっての。毎日毎日鏡の前の自分見て零すため息は感嘆ではなくて、落胆だしな。…おお、自分で言っといてなんだが、俺のハートにクリティカルヒットHP0だぜ。
 じゃなくてだな。一体全体この状況は何なんだ。現実逃避しようと思ったけど、無理だよ。無理だったよ。こんな俺オンパレードの中にぶっこまれてついつい現実逃避したくなっちゃったけど、もうここまでくると逃避がぐるりと一周してただの非現実になっちゃったよ!あり得ないくらいの非現実すぎて逆に現実逃避のはずが現実が恋しくなっちゃったよ!うわーん、今すぐいつもみたいに布団引っぺがして拳骨落として俺を起こしに来てこれは夢だと言ってくれよ母ちゃーん!俺、エロ本見てる自分の顔なんて見たくないよこれなんの拷問だよこんちくしょー!
 いや、待てよ。もしかしたら俺はまだ夢をみているのかもしれない。さっき目を開けたのも夢で、この俺フルコースも夢。そうだ。これは夢だ。いささかどころかかなり夢の内容は残念極まりないけど。夢は深層心理を表すというけれど、まさかこんなナルシストな一面が俺にあったとは…。我ながら切なくなるというかなんというか。…切なくなるのは後にして、まずこの悪夢みたいな世界から抜け出さなければ。
 そう意気込んで俺は目を瞑る。夢から覚めるには目を開けないといけないからな。瞼の裏に暗闇を呼び込んで、唱える。

 「夢よ覚めよ!!!」

 瞼を開けても、そこに広がるのは俺でした。





 少しだけ、こうなる前のことを話そうと思う。

 最近、よく持ち物が失くなるようになった。
 筆記具みたいな小物から、体操服みたいな物まで。
 一番最初に失くなったのはお気に入りのシャーペンだった。握るところがとっても衝撃を吸収するという素材で覆われた、それはもう持ち心地の良いシャーペンだった。物に名前をつける癖のある俺はそのシャーペンにショーコという名前をつけて毎日の授業を共に戦っていた。呪文のような数学も、呪文のような国語も、子守唄のような世界史も、あれもこれも一緒に戦ってきた。そんな相棒といっても過言じゃないショーコが、ある日突然筆箱の中から姿を消してしまったのだ。
 筆箱にちゃんと入れたはずなのに、まるでショーコなんてはじめから居なかったかのように筆箱の中からあの細長いボディは姿を消した。
 念のため移動教室で使った場所や、友人にも確認してみたがショーコの姿は見つからず、友人は知らないと首を振るだけだった。あぁ、ショーコ。どこに行ってしまったんだ。悲しみにくれる俺に「きっとショーコは修行するために姿を消したんだな。男前だなぁ、ショーコ」とポジティブシンキングな友人は慰めの言葉をくれた。「ひとまわりもふたまわりも強くなって帰ってくるよショーコは」シャーペンが一人でどうやって移動するんだ。というツッコミをいれる人間はこの場には居ない。
 なんだかんだ俺もポジティブシンキングなので友人の言葉に「…そっか。ショーコはついに修行の旅に出ちまったのか」と納得。「強くなれよ、ショーコ」「ショーコなら大丈夫だよ」涙ぐむ俺の肩を優しく叩く友人。その顔は、ショーコを信じて待つ覚悟に満ちていた。
 そうして覚悟を決めた俺だったが、ショーコを皮切りに修行に出てしまう奴らが増えていった。
 筆記具みたいな小物ならまだしも、靴箱にしまっていた外靴まで修行に出てしまったところでこれはおかしいぞと気づいた。外靴の前には、体操服の上下が日をまたいで修行に出ていた。
 さすがにここまで立て続けに姿を消すのはおかしいよな…?
 抱いた違和感を確かめるためさっさく友人に相談することにした。
 なぁなぁ、よくよく考えたらみんな修行に出すぎじゃね?今日ついに外靴まで修行に出ちゃったんだけど。俺今日どうやって帰ろう。素足?
 神妙な顔で話す俺の言葉をじーっと聞いてくれた友人はニコリと笑った。
 大丈夫。運動靴があるよ。でもまぁ、たしかにこんなに修行に出るのはおかしいかもね。筆記具も体操服もジャージも靴下の片方も小テストの解答用紙もエトセトラ、それに外靴たちがこんなにいなくなるのは、たしかにおかしいかもね。…あ、もしかして。
 ピコーン。わざとらしいほど人さし指を立てて友人は晴れやかな表情で言ってのけた。
 君の持ち物、誰かに盗まれてるのかもね。

 「……へ?」
 
 「だから。君の持ち物、修行じゃなくて盗まれてるんだよ」

 「……だれに?」

 「さぁ?誰かにじゃない?」

 そっか。みんな修行じゃなくて誘拐されてたのか。
 当事者の俺よりもスッキリした顔してつぶやく友人は楽しそうに続けた。

 「身代金の要求とかくるかな」

 このポジティブシンキングっ子め。他人事だとおもって楽しみやがって。でも俺、お前のそういうところ嫌いじゃないぜ!

 「たぶん身代金の要求はないとおもうぞ」

 「そっか。それは残念だな」

 「どんまい」

 と、そんな会話を友人と交わしたその日、我が家には身代金要求じゃなくてへんてこりんな贈り物が届けられた。
 B5の茶色い封筒に俺の名前が書かれたそれ。ちなみに、その封筒に切手は貼り付けられていなかった。ということはつまり、この封筒は直接我が家のポストに投函されたというわけである。ご丁寧にどうも。わざわざ直接投函するなんて、ご苦労様です。じゃなくて。「はい。これあんたによ」と母親に差し出されたそれを見て俺の本能はピコーンときた。いつにない第六感の働きぶりだった。
 これは、もしかして、誘拐犯からの贈り物じゃないのか。そう思った瞬間緊張に心臓が早鐘を打ち出した。どくどくどく。地鳴りのようになる音を聞きながら、俺はなんとか母親の手からその封筒を受け取った。見た目の割に受け取った封筒は重みがあった。
 裏側には、差し出し人の名前はない。
 あるのは俺のフルネームだけで、それがまた緊張を誘う。
 封筒を受け取ったまま固まる。「どうしたのよ固まって。…あら!もしかしてそれラブレターだったの?!」と的外れにもテンションをあげて聞いてくる母親になんとか「そんなわけないだろ」と返して一直線に自室へと駆け上がった。「手洗いうがいはー?」階下から母親が叫ぶ。「あとでやる!」俺もそう叫び返して部屋へとこもる。
 大きな音を立てて扉を閉める。その音と同じくらい大きな音で、俺の心臓は鳴り響いていた。
 肩にかけていたカバンをそこらへんに置いて、ローテーブルの上に封筒を置く。昨日読みっぱなしで放置していた雑誌やマンガ本が置かれたそこで、封筒は異彩なオーラを放っていた。ただの俺の名前が書かれた封筒なのにそう思ってしまうのは、俺の心理が深く関わっているのだろうか。なんて心理学者っぽく語ってみても俺の緊張は解けなかった。

 (いやいや、きっと俺の考えすぎだ)

 気休めに息を整えて封筒に手を伸ばす。
 乾いた感触が指先に触れて、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。なにをこんなに緊張する必要があるのか。そう言い聞かせるけれど、心拍数はいっこうに落ち着いてくれない。

 (なにが入ってるんだろう…?)

 持ち上げる。裏を見れば綺麗に封が閉じられていた。なぜかハートがちりばめられたマスキングテープで。俺はこのハートをどう捉えたら正解なのだろう。誰か俺にとっての答えを教えてくれまいか。こう見えて俺は物語の結末を知ってからじゃないと安心して読み進められないチキン野郎なんだ。なんだか航海してはいけない新世界が、この中には広がっている。そんな予感がビシバシで仕方がない。
 
 (お、男は根性だ…!)

 だけど逃げ出してしまうのは男らしくない。別に俺はそこまで男らしさを求めた人間じゃなかったけれど、この時はあれだ、アドレナリンなるものが大放出されておりいつもより男気が溢れていた。
 ペーパーナイフなんてシャレたものは持っていないので、ハサミで封筒を切って開けていく。
 ちょーき、ちょーき、ちょーき。
 切り進めていくたびアドレナリンはうなぎのぼり。
 五ミリ幅の封筒のはじがテーブルの上にぼとりと落ちる。
 さぁ、火蓋は切って落とされた。
 
 (男は根性。男は根性)

 呪詛のように繰り返して、俺は封筒の中のものをぶちまけた。
 ズザザーっと勢いよくテーブルの上に飛び出してきた物をみて、俺の目ん玉も飛び出してしまうかと思った。漫画みたいにポコーンっと飛び出なかったのが不思議なくらいだ。
 俺はしばらく封筒の中身をぶちまけたままの状態で言葉をなくし固まった。物言わぬ石像のようにビシリと固まり、チクタクチクタク時を刻んだ。五分ほどそうして固まっていた俺だったが、油の切れたロボットのような動きで封筒を置く。
 そしてゲンドーポーズをとって、一言。

 「…アカン。これアカンやつや」

 アカンアカン連呼する俺の眼下には、いつ撮られたかも分からない俺の写真が数え切れぬほど散らばっていた。
 おはようからおやすみまで。むしろおやすみ中までの俺の写真がわんさかわんさか。ここ掘れわんわんもびっくりのわんさか具合だ。両親だってこんなに熱心に俺の写真を撮っていないぞ。俺はなんとも言えない気分になる。すごい。この謎の送り主は俺に対する両親の愛情さへ越えやがった。困惑は感心に変わっていた。
 ありとあらゆるシチュエーションの写真に恐怖よりも感心を抱いてしまう俺はどこかおかしいのだろうか。
 だって親でもこんなにおはようからおやすみまでの写真を撮ってくれたことがないのに、血の繋がらない赤の他人がやってのけてるんだぞ?もういっそのことその狂気に感心してしまうだろう。そして俺なんかを被写体に選ぶその神経を疑ってしまう。
 言ってはなんだが、俺は自他共に認める平凡野郎だ。
 かと言って俺は自分の平凡具合を卑下しているわけではない。なぜなら世の中普通が一番だからだ。か可もなく不可もなく、流れる雲を眺めて日々を過ごすのが心にも体にもいいと思うんだ。……まぁ、その考えからいくといまのこの状況は普通とはかけ離れているけどな。
 流れる雲を見てたらいきなり流星雨が降ってくるくらい、ありえない状況なんだけどね。

 「…でもやっぱりアカンよな、これ」

 いくら感心するからとは言え、やはりこの写真の数々は異常である。そもそも撮られた覚えのないものばかりな時点で、これらの写真の危険度はぐっと上がるのだ。にわかに信じられないが、誰かが俺を盗撮している。天変地異もびっくりだし信じたくないけれど、こうして物的証拠が送られてきているのだから、まぁ、つまりは、そういうことなのだろう。

 「なんで由美ちゃんに告ってフラれて泣いてる写真まであるんだよ」

 そこは気を利かせて見て見ぬ振りしてくれたら良かったのに。男泣きは誰にも見られてないからこそ、男泣きなんだぞ。
 なんてつぶやく俺の眼下では、達筆に書かれた「いとをかし」という文字が生き生きとしていた。随分古風な感性をお持ちなんですね…。
 そして、古風な一言が添えられたそれとその他もろもろが送られてきた日から物が無くなるだけだった日々に変化が訪れた。無くなるだけから、無くなりつつ物を送られてくるという日々にパワーアップしたのである。いや、でも送られてくるのはなぜか達筆な文字で書かれた俺への恋文だったり、俺についてまとめられたレポートだったりするのでアップではないな。俺のライフポイントを削るという点でなら文句無しのアップ具合だけど。
 そんなこんなで『べつに写真撮られてるだけで俺に実害はないからいいか』と持ち前の楽天さで過ごしていた。俺の写真を撮る意味も、恋文をえらく達筆な字で送ってくる意味もなにひとつ分からなかったけど、『異常気象』の一部として受け入れてしまえばへのかっぱだった。要するに、『慣れればそんなに気にならねぇや』というやつである。
 いやはや慣れって怖いね!
 むしろ忘れ物が多い俺の情報もリサーチ済みなのか、前日の恋文に明日はあれを持っていくのを忘れないように。とか教えてくれるので忘れ物が減って助かってさえいた。毎日のようになにかしら忘れ物をしていたのに、恋文のおかげで先生に叱られる回数も減ったし。

 「……まぁ、放っておいても大丈夫か」

 楽天家な俺ははやい段階からそう結論づけていた。のだが。
 しばらくして俺はなにも大丈夫でなかったと、身を以て知ることになるのであった。


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