溺れる日々

 溺愛×溺愛







 俺には大好きな…いや、大大大大大大大大大大大大好きな人がいる。
 その人はいつも無口なんだけど、俺と一緒にいる時はくだらないことにも嫌な顔ひとつせず相槌を打って俺の愛してやまない微笑みを浮かべてくれるんだ。
それにドジな俺が自分の足に引っ掛かってこけそうになる時もいち早く助けてくれるとっても優しい人である。
 俺の腕を掴む大きな手はいつだって優しく俺に触れてきて、めったに変わらないって言われてる顔が大丈夫かって少し呆れたように笑うのを見た日には宇宙に飛んでいけるんじゃないかって思う。
 これでもかってくらい甘い色を乗せる切れ長の瞳や、俺の名前を呼ぶひそやかな低く腰に響く声だとか、俺をすっぽりと抱きしめてくれるしっかりとした腕、どんと受け止めてくれる厚い胸板、ほんのり香る俺が好きだと言った香水の匂い、そのどれもが俺を魅了してやまない。
 本当に、これ以上俺を夢中にさせてどうしようってんだ!
 って言いたくなるほど俺はその人が大好きでその人に溺れている。
 平凡でビビリでなんの特徴もない俺に優しくしてくれた彼。
あ。
 もう皆さんお気づきだと思いますが、俺の大好きなその人って

 「春夜!」

 はい。名前から察するように、男です。
 それも超がかるーく三千回くらいついちゃうほどの美形さん。街中を歩いていたら殆どの人が振り返っちゃうくらいの美形さんなんだ!
 そしてそんな美形さんと俺は恋人同士だったりします!
 俺のラブアタックがこの間ついに実を結んだのである。えっへん。
 そんな恋人の180を越えた長身の背中にご主人様に駆け寄る飼い犬さながらの喜びようで名前を呼べば、彼がゆっくりと振り返る。
 そして彼の唇が。

 「ゆう」

 俺の名前を紡いだ。
 たったそれだけのことなのに心の中にピンク色の風が吹き荒れる。
 聞きなれた自分の名前も彼…春夜にかかればなんだかとても大切なもののように感じるのだから不思議だ。
 毎回毎回春夜に名前を呼ばれるたびどうしようもない嬉しさが俺を包み込むから、その度に俺は年甲斐もなく猛ダッシュをして春夜の引き締まったボディにタックルをかましてしまうのだ。

 「どうした?次は移動なのか?」

 「うん!移動してたら春夜がいたからついタックルしちゃった!」

 「そうか」

 「うあ〜、春夜大好きだぁ!」

 「俺も大好きだ、ゆう」

 グリグリと顔を自分の胸板に押し付けられているのに春夜は嫌な顔をするどころか俺の大好きな手で頭をよしよしと撫でてくれる。
 それに益々興奮した俺が馬鹿みたいに大好きだと叫べば深みのある声も同じ言葉を返してくれてもう興奮マックスだ。
 絶対に今日興奮して俺眠れない!
 と一人きゃっきゃっ騒いでいたら、頭に感じる柔らかな感触。どこか俺の意識をひこうとするような感覚に顔をあげる俺の額に待ってましたとばかりにおりてくる春夜の唇。
 チュッと可愛らしい音をたてて離れていく唇を多分真っ赤であろう顔で見送る。
 未だ慣れることがない春夜のスキンシップ、けれど実はそのスキンシップに激しく歓喜していることを隠して羞恥に潤んだ視線を送った。
 対して春夜はいたって涼しい顔で、そんな顔に………うっかり惚れ直してしまった。
じっとりとした視線を次の瞬間にはうっとりとしたものに変える俺に春夜は小さく笑んで、再び頭をなでなでしてくれる。
 その心地よさに今度は目を細め出す俺はもはや春夜に飼われる犬と化した。
 でもそれでもいっかと人間として終わった感情を抱いた時だった。
 つかの間の至福の時に終わりを告げる声が落ちたのは。

 「ゆう、そろそろ行かないと遅れるぞ?」

 「…あ」

 「そんな顔するな。すぐに会える」

 「はるやぁ」

 「ほら、よしよし」

 「うぅ〜」

 その宣告を告げたのは春夜で…あまりの悲しさにブーたれたら苦笑されてしまった。
それでもやっぱり離れがたくて往生際悪い俺に春夜はコラと笑って、優しくけれでも確固たる意思を持ってこびりついていた俺をべりっと引き剥がす。
 未練タラタラの目で見上げる俺の鼻をつまんで、春夜は甘ったるい表情と声で囁く。

 「いい子にしてるんだぞ?」

 「…っ」

 腰を直撃する声でそんなこと言われたら自他共に認める春夜馬鹿の俺は何も言えなくなってしまう。
 なにより、大好きな人にエロボイスで甘くあまぁーく囁かれたら風前の灯だ。津軽海峡雪景色だ。
 そしてそんな俺に追い打ちをかけるように春夜は容赦なく『返事は?』と微笑んでくるものだからたまらない。

 うぅっ。やめてくれ!そんな顔で見られたら俺、俺!

 「お昼休みになったら行くからな!?ちゃんと席について待っててよ!?知らない人に着いていっちゃダメなんだからな!」

 「あぁ。大丈夫だ」

 がっしりと春夜の腕にしがみついて力説する俺の姿はさぞかしおバカに映るだろうが、俺はこの誰もが認める美形な恋人が他の誰かに取られてしまわないかと気が気でないのだ。

 なんたって春夜はカッコイイ。
 何度も言っちゃうくらいに、春夜はカッコイイ。
 かっこよすぎて毎日惚れ直しちゃうくらい。
 だけどそれに比べて俺はなんの特徴もない平凡くんで…。
 知らず知らずに不安はたまってしまうのだ。
 自分の思考回路にうなだれながら掴んでいた春夜の腕から手を離してへにゃりと笑う。
 授業の間でも離れるのが嫌だなんて我ながら子供っぽい。それに春夜の言うとおり時間はかなりおしていて、俺が遅れそうイコール春夜も遅れそうだということでもあるのだ。

 …え!ダメじゃんそれ!

 それはいけないとさっきまでのネガティブ思考もすっかり忘れて慌てふためき出す俺。

 「おわ!しまった!ごめっ!じゃ、じゃあお昼に迎えに行くから!またね春夜!…へぶっ」

 「ゆうっ!?」

 言いたいことだけ言って春夜の返事も聞かずに名残惜しかったけど次の授業があるのでダッシュした。のがいけなかった。
 お約束通りずっこけた俺の元に焦った春夜が駆け寄ってきて、顔面からずっこけた痛みに悶える俺の脇の下に手を差し入れて立ち上がらせてくれる。
 ひょいっといとも簡単に持ち上げてしまう春夜の筋力に同じ男として複雑な気持ちになるけど春夜だからいっかとまたしても惚れ直しちゃう春夜馬鹿な俺であった。
 ぼへーと春夜に見惚れる俺に何かを勘違いした春夜がとても心配そうに顔を覗き込んできてその近さに顔に熱が集中していく。これは春夜と付き合うようになって知ったことだが、美形はどんなに近くで見ても美形だった。
 酸欠の金魚みたいに何度も口を開閉させる俺に春夜が形の良い眉を下げて保健室に行くか?と聞いてくるのをどこか夢うつつに聞きながら俺は大丈夫だという意思を込めて首を何度も横に振った。が、あまりにも勢い良く振りすぎてクラリと世界が揺れてしまい、春夜の屈強な腕の中に逆戻りしてしまう。

 「…頭を振りすぎだ。ゆう」

 「うぇ〜。世界が回るぅ」

 「…はぁ」

 案の定頭の振りすぎでクラクラしてしまい、春夜の呆れたような、でもどことなく楽しそうなため息が聞こえてくる。
 ため息でさえ色気を含む春夜に違う意味でも頭がクラクラしてしまうのは仕方がないことだと思う。これで俺と同じ年だというのだから世の中はとことんバランスが取れてないよな。だってどう見たって俺と春夜は同じ年に見えないもんな。俺と違って大人の雰囲気と色気を漂わせている春夜、本当に魅惑の彼氏すぎる!
 なんて春夜にほわんほわんと思考を揺らしていれば鳴り響く授業の始まるを告げる予鈴の音―――に、俺は怒涛の勢いで我に返り目の前に立つ恋人である彼をみやった。俺の音が鳴りそうなほど激しく向けられた視線に春夜はひるむことなく、どうした?と綺麗な黒目で聞いてくれる。
 どこまでも優しい瞳に一瞬心奪われるも、頭を振って邪念を追い払った。今はそんなこと思ってる暇じゃないんだ俺!

 「…ゆう?」

 頭上からかけられる春夜の不思議そうな声。
 深みのある声に名前を呼ばれるだけで申し訳なさで泣きそうになる自分を叱咤して俺は春夜の腕にすがりついた。

 「春夜っ、ごめ…っ」

 「ん?なにがだ?ゆう」

 あわあわ。あわあわ。完全に混乱仕切った俺の声とは真逆に落ち着き払った春夜の声にちょっとだけ冷静になれた俺はすーはーと息を吸い込んだ。

 「じゅじゅじゅじゅ授業っ、ぉお俺のせいで遅れっれサボッ、ごごごごごごごごめんよ春夜ぁぁぁぁっ」

 やってしまった。

 意気込んで息を吸い込んだにも関わらずどもったうえに、嫌いにならないでくれぇぇぇぇぇ!と喚き散らす俺ってなんてかっこ悪いんだろう。全然スマートじゃない。だけどかっこ悪いと分かっていながらも俺なんかのせいで真面目に授業に出ていた春夜の業績に傷をつけてしまったという事実はカラスが黒から白にころもがえして、ポチって呼んだらニャーって鳴き声が返ってくる事件よりも重大なことなんだ!
 誠心誠意、影のように春夜に尽くすって決めたのに。尽くすどころか逆に尽くされまくってるような気がするのはきっと俺の気のせいなんかじゃないはずだ。

 「落ち着け。別に構わない」

 「俺がかまうの!どうしよう…、そうか!ダッシュだ!今すぐダッシュして行けばきっと先生も春夜のかっこよさに遅れたのもなかったことにしてくれるはず!」

 「ゆう?」

 「よし!そうと決まればさぁダッシュだ春夜!あの夕日…はないけど夕日に向かってダッシュだ春夜!負けるな春夜!」

 完全に混乱しきった俺の名前を春夜が呼んでくるけど、もはや暴走してしまった俺の耳にはその声さえ届いていなかった。
ありもしない夕日を妄想して駆け出してしまうくらい、俺は混乱の渦中にいた。

 「ゆう…。かわいいな」

 だけどいつだってそんな俺を助けてくれるのは春夜で、ポツリと落とされた言葉とその微笑みに視界も思考も夕日一色から春夜一色に早変わり。通常運転の春夜大好き春夜しかもう見えない。な俺が戻ってきた。

 「春夜ぁ…!」

 「今度はどうしたんだ?」

 夕日にダッシュしていた勢いはそのままにくるんとUターンして、春夜に抱きつくと言う名のタックルをかます。結構な勢いがあったはずなのに、春夜の腕はなんなく俺を包み込んでくれた。

 もうやだ!なにこのイケメン!

 誰にも俺は止められないぜ!ならぬ、誰にも春夜の格好良さは止められないぜ!的な心境だ。
 自分でも自分が理解できないテンション高々な俺を、俺の大好きなあの微笑みをもって抱きとめてくれるその腕の優しいこと!できることならこの腕の中で眠りたい…なんて、どれだけ俺を惚れ直させる気なんだ春夜さんっ。

 「ゆう」

 「なに!?春夜!」

 春夜の腕の中で悶え続ける俺の名前を呼ぶ大好きな声にすごい速さで返事する。きっと今の俺なら音速を超えられる。
 っていうのは嘘で。音速はさすがに無理だけどなかなかの速さで返事をした俺に春夜は俺だけにしか見せない腰砕けスマイルを浮かべてひそやかに囁いた。



 「今日は二人でサボるか」

 あぁ…っ。

 「はいっ。喜んで…っ!」



 かっこよすぎるよ春夜さぁん!



 END



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